顔に仮面を貼り付けたまま何気ない振りをして過ごしていても、頭の中から東戸くんのあの言葉は消えてくれはしなかった。消えるどころか山手線みたいにぐるぐるぐるぐる、時々停まって私の心を掻き乱してはまた走る。そんな各駅停車をひたすら繰り返しながら、終着駅なんてありませんよって言わんばかりに私の脳を巡ってた。
日はとっぷり暮れているのに制服から着替えもせずに、ふと隣の家の窓を見ると内側からの光に透ける緑のカーテンの向こうにベッドに腰掛け携帯を弄ってる純太くんのシルエットが見えた。もしかして今例の好きな子と連絡取り合ったりしてるのかなって変に勘繰って息が苦しくなる。妄想で自分の首を絞めてちゃ世話がないなって分かってるのに、後ろ向きの思いは止まらかった。
結局思惑の山手線は終日運行で、大して眠ることも叶わず日はまた昇る。どんよりと重い頭と気持ちを抱えた私は、その日の朝新聞を取りに出られなかった。

───というのも何となく純太くんに合わせる顔がなかったからなのに、いってきますと玄関を出ると黒のウェーブヘアが私の目に飛び込んで来た。まさかの出来事に目を丸くする私に、純太くんは言ったのだ。

「一緒に行こうぜ千歳、久々にさ」

今純太くんに会いたくなかった、なんて思うのは多分今日が初めてだ。それなのに私の心臓は純太くんから登校の誘いを受けて嬉しげに跳ねている。身体は正直ってやつ?私って現金だなぁ。
当然それを断れる筈もなく、うんいいよって言ってみたはいいものの純太くんの隣を歩くなんて久しぶり過ぎて少し緊張するし、口を開けばあのことを聞いてしまいそうな気もするし、並んで歩いてるのに私は何も言えず二人して終始無言。靴とアスファルトが擦れる音しか聞こえなくてちょっと気まずい。
あのおしゃべりな純太くんまで何で黙ってるんだろ?と横目で隣を見上げてみたら、純太くんは通りすがりのロードバイクに目を奪われていた。ぽそりとビアンキの今年モデル、と呟いた純太くんはその鮮やかな空色が見えなくなるまで目で追い続けてた。
やっぱり純太くんって自転車バカだ。でも純太くんのそういうところも私は好きだよ。って何思っちゃってんだろ私。しかもこんなので緊張も解れちゃうなんて。あーあ、私って本当に簡単な女でやんなっちゃうな。

「純太くん、勉強進んでる?」
「まだ全然、千歳は?」
「私もまだ全然、今日からテスト週間なのも忘れてた」
「だよなー、オレも部活休みって言われて気付いた
 にしても今回のテスト範囲やたら広くね?」
「広い!特に数学!
 どうしよ、もー暗い未来しか見えないよ」
「オレは英語がやばいわ」
「あ、私英語はちょっと自信ある」
「マジ?オレ数学ならちょっと自信ある」
「足して2で割れたらちょうどいいのにね」
「だなー」

一度始まってしまえば言葉はすらすらと口を出て行く。やっといつも通りに戻れたなって喜ぶのもつかの間、

「あ、それならさ、一緒に勉強する?
 オレ数学教えるから千歳英語教えてよ」
「う、うん、いいよ、いい点取れるかな」
「取れたらいいよなー」

落ち着きを取り戻してた私の心臓がまた跳ねる。純太くんと一緒に勉強!?朝に似合う爽やかな笑顔でそんな簡単に、頭の中に浮かぶ勉強風景予想図に内心どきまぎする私の気も知らないで。
純太くんがそんなこと言うからまた会話が途切れちゃったじゃん。どうしよう、何か話題...と私が考えを巡らせ始めた矢先、純太くんは何食わぬ顔をして起爆剤を投下した。

「あ、そういや千歳、昨日東戸と何話してた?」
「えっ?あ...何で?」
「あぁいや昨日帰りにたまたま見かけてさ
 楽しそうにしてたから何の話だったんだろって
 思っただけ」

さぁっと血の気が引いて背筋が冷える。
純太くんに見られてた。いや、見られてたから何?何の問題もないでしょ?何で私はこんなに焦ってるんだろ、彼氏に浮気現場を見られた彼女でもあるまいし。
あぁそうか...私は怖いんだ。昨日の東戸くんとのことを言えば純太くんの好きな人について純太くんの口から聞かなきゃいけなくなることが。
何のことはないただの世間話だよって純太くんに嘘を吐いて誤魔化しちゃえば聞かなくて済むのかな。そしたらまた傷付かなくて済むのかな...
なんて、そんなのはただの現実逃避。純太くんを本当に想うなら、純太くんの恋を応援してあげなくちゃ。

「...純太くんが橘さんに告白された話だよ」
「へ?オレの話?マジかよ...東戸のやつ...」
「純太くん、橘さんに告白されたのに
 好きな子いるからって断ったんだってね」
「...まぁ、うん、そう」
「何回好きな人が誰なのか聞いても純太くんが
 答えてくれないから幼馴染の私に聞きに
 来たんだって東戸くん。あ、大丈夫だよ、
 純太くんとそういう話しないから
 私も知らないよって言っといたから
 それにしても純太くんモテるんだねー
 幼馴染として誇らしいよ。好きな子いるって本当?
 応援するよ、上手くいくといいね」

嘘。嘘嘘。そんなの嘘に決まってる。
応援なんてしたくない。上手くいかないでって思ってる。純太くんも言ってよ、好きな子なんて居ないよって、東戸の嘘だよって、

「...千歳は誰か、聞かねーの?」

純太くん嘘って言って

「え?そ、だね...聞かない、かな
 言いたくないから言わないんだろうし、聞かないよ」

私の願いはつゆに消えて、認めたくない現実が突きつけられる。そんなの聞けるわけないじゃん、聞けたとしても聞きたくなんてないよ純太くん...
ずきずき痛む胸押さえ付けて、もう色々とぎりぎりな私に更に純太くんはこう告げた。

「千歳は?好きなやつ、いんの?」

東戸くんが言ったのと同じ問い掛け
それは私を絶望の淵に追いやるには十分な一言だった



きみのとなり 7 / 2018.01.23

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