青天の霹靂とは
予想もしなかったような事件や変動が突然起きること。
まさにそれが今、私の頭上に降り注いだのだ。

「なあ白崎」
「ん、なに?東戸くん」
「手嶋の好きな人って知ってるか?」
「え、」

HRが終わったばかりでまだ騒がしい教室内、私は通学鞄に荷物を詰め込んでいた。声を掛けられて顔を上げると東戸くんが私の机の横に立っていて、条件反射でにこりと笑みを作ったけれど、続けて彼が落とした言葉に私の表情筋は固まった。口角は上がっているのに目は皿のように丸いまま、咄嗟に出た間抜けな声が喧騒の中に消える。
純太くんに好きな、人...?
一字一句間違いなく聞こえたはずなのに脳がそれを処理することを拒んでる。そんな単語、嘘でも聞きたくなかったよ。

「幼馴染でも知らないか...誰なんだろうなー」

開いたシャツの隙間に見える鎖骨の辺りをカリカリと掻きながら、東戸くんはやっぱりなって言わんばかりに溜め息を吐く。まさに雷に打たれたみたいな衝撃に動悸が激しくなってって、ヒュッと一度吸い込んだ息はそこから続かなかった。壁に掛かる時計の秒針は一定のリズムを刻みながら回り続けてるのに、私の時間だけ止まったみたいに呼吸も止まる。
そういえば純太くんと昔よく一緒にやったゲームで戦闘に負けたら"めのまえがまっくらになった!"なんて表示されてたけど、実際には目の前って真っ白になるんだなぁなんて思った、あぁこんな時にまで思い出すのも純太くんとの記憶だなんて。

「な、なんで突然そんな話?」

やっと吐き出せた息と一緒に出たのは乾いた笑みと打算的質問、そんなこと聞いたって更に心臓が痛くなるだけだろうに私は聞かずにはいられなかった。純太くんのこととなると居ても立っても居られない、それだけはずっと、変わらないんだ。

「それが先週手嶋告られたらしくてさ
 しかもあの橘ちゃん、手嶋と同じクラスの!
 なのにあいつ好きなやついるからって
 断ったらしいんだよ
 誰が好きなのかいくら聞いても吐かねーし
 女子バの岩瀬チャンかねやっぱ
 前あいつ岩瀬チャンのこと───」

東戸くんがすらすら述べる詳細に、胸がちくちく痛み出す。純太くんが誰かに告白されるなんて、とは思ってない。これまでにだってあったことだし、純太くんが誰かに好かれるのは当然のことだ。寧ろそれが誇らしくもある、こんなにかっこいい人が私の幼馴染なんだよって。だけどそれは純太くんが告白を断る前提の話であって、もし告白が成就したとしたら私の心中は穏やかじゃないだろう。
でもね、純太くんが告白を断る自信が私にはあったんだ。純太くん言ってたもん、今は自転車のことしか考えらんねーって。オレの恋人はこのキャノンデールなんだって。だから純太くんが誰かに、例え可愛いことで有名な橘さんに告白されたって聞いても私の心は揺るがない。純太くんは冗談は言うけど嘘は吐かない人だから。
でも好きな人となれば話は別だ、純太くんが誰かを好きだなんてそんな話、私聞いたことないよ。聞いたことがないどころか、考えてもみなかった。そんな発想自体がなかった。ストイックに自転車に没頭する純太くんが、自転車以外を好きになるなんてあり得ないって信じ込んでた。それこそあり得ない話だよ、自転車で手一杯で彼女なんて作らないからって誰かを好きにならないとは言ってないじゃないか。純太くんだって健全な男子高校生、好きな人の一人や二人いたって普通なのに。そう信じてたのは私がただそうであって欲しいと無意識の内に願っていたから、現実に目を背けたまま。馬鹿だよね私、純太くんが好き過ぎて本当の、生身の純太くんの何も見えてなかったなんて。
目から鱗が剥がれ落ちて、それと一緒に涙の粒が落ちそうになる。もちろんそれは心の中でだけ、現実の私は貼り付けたみたいな固い笑みを浮かべて東戸くんの話を聞いていた。東戸くんが話してる内容も耳に届くは朧げなのに、岩瀬さんって名前だけははっきりと頭に残った。確か活発そうで可愛い感じの、純太くんってば面食いなんだなぁって思えば少し、笑える気がする。

「なぁ白崎本当に知らね?」
「っ、純太くんとそういう話したことないから...
 ごめんね役に立てなくて」
「そうか、じゃあ白崎は?」
「へ?」
「白崎は好きなやついんの?」
「えっ、あっ、私のことは別にどうでも、なんで!?」

突きつけられた現実に落ち込みながらも笑顔を作る私に容赦なく降り注ぐ二度目の落雷。取り繕った平静はあっけなく崩れ去って、何故か私はわたわたと身振り手振りしていた。
悪意も他意もない、東戸くんのただ純粋な疑問にこんなに動揺してどうするんだろ。もしかして私が純太くんを好きって気づかれた?いやまさか純太くんじゃあるまいし、東戸くんの勘がそんなに良いわけ...ない、よね?

「いや何となく...
 ってその反応、白崎好きなやついんだ?誰?」
「いっ、いない、いないよ!いない!」
「絶対いるやつだろそれ
 誰誰?こっそり教えてくれよ誰にも言わないから」
「言わないよっ!」
「ほら居るんじゃんやっぱ」
「あっ...」
「なー誰?誰誰?」

良かった、純太くんとは気付いてないみたい。
けど好きな人がいるって東戸くんにばれてしまった。隠し事が出来ないこの身が憎い、千歳分かり易すぎって笑う純太くんの声が聞こえた気がする。って私また純太くんのことばっかり。純太くんを思い出すたび胸の痛みが蘇る。あぁもうそれならいっそ、純太くんと言う名の仮面を被ってしまえ。

「っもぉ、東戸くんしつこい!
 しつこい男は嫌われるんだからねっ」
「えっまじかよ...
 どうしよ、オレに彼女できないのってそのせい?」
「別にそういう意味で言ったわけじゃ...
 東戸くんにもいいとこあるしさ、
 あっ、チョコあげる!おいしーよ?元気出して!」
「オレのいいとこってどこ?」
「えっ...えー...と...」
「ないのかよっ!」
「あははっ、冗談だよ!
 えっとね、東戸くんのいいところはー、」

純太くんならきっとこう言う、純太くんならきっとこういうを顔する。そうやって純太くんを演じてれば純太くんを忘れていられるなんてそんな皮肉を噛み締めながら、私はただひたすら笑い続けた。



きみのとなり 5 / 2018.01.19

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