「あははっ、そうそう!...あっ」

楽しそうにクラスメイトと話してた千歳に近寄ると、オレの存在に気付いた千歳の顔がパァッと華やいだ。そいつらに一言二言何か言うと千歳は長い黒髪を揺らしながらこっちに向かって駆けて来る。その勢いのままオレの胸に飛び込んで千歳は細い両腕をオレに巻き付けた。柔っこくてあったかくて、ふわり鼻腔を擽る甘い香りに誘われ思わずその身を抱き締め返せば、千歳は小さく俺の名を呼んだんだ。

「雪成」

千歳の声で紡がれる聞き慣れたはずの自分の名前がこんなにも染み入るとは思わなかった。さっきみたいな顔見せて、もう一度オレを名前で呼んでくれ千歳。
名残惜しいながらも密着した身体離して千歳の頬に手を触れる。耳を通り、サラサラと触り心地のいい髪の毛に指を絡ませていくと千歳はゆっくりと瞬きをして、再び開いた瞳の中に写り込んでんのはオレの銀色。
ーーーあぁ、その屈託のない笑顔をオレに向けてくれんの待ってたんだ、その顔を初めて見た時からずっと。

「...千歳」
「雪成」

ふっくらした赤い唇に引き寄せられるようにオレは千歳との距離を詰めていく。
あと10cm、あと5cm、あと1cm...

雪成ユキ!いい加減起きてってば!」

唇と唇が触れる寸前、耳をつんざく声にハッと目を開けると眼前に居たのは千歳、ではなくガタイの良い角刈りの男だった。困ったように眉を寄せた塔一郎は目覚めたオレを腕組みしたまま見下ろしている。

「...あ?...塔一郎?」
「あ?じゃないよ雪成ユキ。寝惚けてるの?
 親睦走行会ファンライド遅刻するよ!早く起きて!」

睫毛だけ見りゃ千歳に見えなくも...ない訳ねーよ。あの柔っこい身体も千歳の匂いも幻で、今そこにあるのは男臭い分厚い胸板。ある意味巨乳だな、なんつって、んなの今求めちゃいねんだよクソッ!さっきまでの幸せな時間は全て夢でしたなんてオチ、ほんと笑えねー。あー、通りでオレのこと名前で...千歳がオレを雪成って呼びっこねーもんな。

「はぁぁ...っんだよ塔一郎かよ...」
「悪かったね、白崎さんじゃなくボクで」
「っ!?なっ、塔っ、何っ...!」
「大丈夫だよ誰にも言わないから
雪成ユキが寝言で白崎さんの名前呟いてたなんて
 ほら早く準備準備!」

掛け布団は塔一郎に容赦なく剥ぎ取られて、ポカポカ暖かかった身体も心も一気に冷える。なのに顔だけは羞恥で熱い。時計を見ればギリギリの時間になっていて、塔一郎に言い訳してる暇もねー。がしがし頭掻きながら身体を起こす。オレの動向を見守る塔一郎の気配を感じながらも、その顔だけは見れなかった。


*


塔一郎のお陰もあってかひとまず遅刻はせずに済んだが、集合場所であるコンビニには既にほぼ全部員が集結していて新主将新副主将として少し情けない気分になった。すまねぇ塔一郎。
出発点であるこのコンビニから国道に出て海沿いを南下、河津を右折して天城原峠を越える市営駐車場までの120kmを走る箱学伝統の3年生追い出し親睦走行会ファンライド。今日が荒北さん達3年生と走る最後の、これがあの人を超える最後のチャンスだ。
シーズンが終わって肌寒いこの季節、特に今日は結構寒くて鳥肌が立つ。サイジャの上にもう一枚ジャージ羽織って来て良かった、なんて思いつつ、ざわざわと走行会の始まりを待つ人の群れを遠目から見渡してオレは懲りもせず千歳の姿を探していた。
文化祭が終わってからずっとだ、何かと千歳を探しちまうのは。前は千歳を見てたって目なんか合わなかったのに、文化祭以来よく千歳と目が合う気がする。まぁ合ったところで思っきり逸らされるか変な顔されるかの二択だが。今日の夢みたいに千歳はオレに笑ってなんかくれねーのに、それでも自然と目が追っちまうってオレ本当どうかしてるよ。なのに千歳見つけるとアガんだ気分が。ほら、今まさに。

「っ千歳!」
「遅い、何やってんの黒田!
 あんた仮にも副主将でしょ!」
「わり、寝坊した」

伴走車の陰に千歳を見つけて声を掛けると、千歳はその目でオレを睨みつけてきた。まぁお怒りもごもっともだ、今回はオレが全面的に悪い。

「はぁ...そんなんで先輩達に勝てるの?」
「勝つ、絶対。オレ達は今日あの人達を、超える」

なんて断言出来るくらい、力が湧いてくんだよ。葦木場風に言えば頭ん中クラシック鳴ってる、てか?千歳が居ればオレは何だって出来る気がすんだ。

「...そう言い切れるんならいいよ。...へぶちっ!」
「ッハ!んだそれ、変なくしゃみ」
「あんたと違って早く来て寒い中準備してるん
 だからね私、なのにその言い草!本当黒田って、」
「着とけよコレ、ちったぁ暖かいだろ」
「...邪魔だから上着持っとけってことでしょ」
「千歳がそう思うんなら、そうかもな」
「っまぁ...持っといてあげても、いいけど...」

寒さで鼻先を真っ赤にした千歳に羽織ってたジャージ脱いで掛けてやる。段々小さくなってく千歳の声、逸らされた視線、つんけんした言葉に反して千歳は肩に掛かるオレのジャージを交差した両手で握り締めた。
なぁ千歳、今日荒北さんに勝ったらオレと...
千歳のそんな素振り見てたら、つい口にしそうになった。開きかけた口は閉じて言葉にはせず胸にしまう。そんな願掛けみたいな告白、格好悪ぃよな。

「じゃそれ頼む、塔一郎!始めるか!」
「あぁ雪成ユキ、1年2年整列!!」

あえて飲み込んだ言葉の代わりに、この身で結果を出してやる。
全てはそれから。

「追い出し走行会ファンライドスタートします!お願いします!」
「っしゃす!」



モノクロ*ノーツ 22
最後の勝負に勝ったら、なんて / 2018.01.17

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