部室内をちょこまかと忙しなく動き回る千歳さんは、まるで働きアリみたいだ。
別に虫ケラ扱いしているとかそう意味じゃなく、ただ単純にそう見えたって話で、地面を這うちっちゃいそれをツンツンとつっついたらどんな反応するのかなって、子供の頃に誰だってしたことがあるでしょ?
オレの心境って、まさにそんな感じなんだよね。

「千歳さぁん」
「んわっ!...だからー!悠っ...ち、かいって!」
「ははっ」

巣穴に懸命にご飯を運ぶアリさんよろしく、千歳さんの手はいつも何かに塞がれていた。隙だらけの後ろ姿にさり気なく近寄って、背筋にすっと指を沿わせば千歳さんは大きく肩を跳ねさせる。蹙めた顔してオレを見るだろう動きを先読みして頭を少し下げておけば、勢い良く振り返ったしかめっ面と間近で視線が交差して、一瞬にしてまん丸の目と赤面に変わる。何度やっても慣れないその様が面白くて、オレは毎日のように千歳さんにちょっかいを出していた。
勿論今日も例外でなく、部誌に向かってペンを走らせる千歳さんを見つけてオレは彼女の隣に陣取った。そっと背後を取ってつつくのも楽しいだろうけど、それして前書き損じたってめちゃくちゃ怒られた。怒った千歳さんはヤッバイ怖いからもうしない。

「...ねぇ悠人、見られてるとやりにくいんだけど」

机の上に伏せって動くペン先を見てるだけなのに、千歳さんは困ったような顔をする。それでも手元は動きを止めないって、働き者にもほどかあるでしょ。そういえば止まってる千歳さんって見たことない、もしかして止まったら死ぬんじゃない?ってことは千歳さんは働きアリじゃなくて、実はマグロなのかも。

「気にしないで下さいよぉ。ほんと見てるだけなんで、
 千歳さんの邪魔はしないっす」

とか言いながら、ノートに添えられた華奢な左手に小指をちょんと当ててみる。ぴくりと手が動いたけど千歳さんは何も言わずにひたすら文字を綴り続けた。
...沈黙は肯定と取ってもいいですよね?
小指に小指を絡めて一本目、薬指を絡めて二本目、中指も絡めて三本目。じわじわと千歳さんに触れる面積を広げていけば、それに比例して千歳さんの頬は紅に染まっていった。
ヤッバイ楽しいコレ、もっと何かしたくなっちゃうな。

「...千歳さん、顔真っ赤すねぇ
 もしかしてオレ意識しちゃったりしてます?
 ねぇ、図星?千歳さん答えはyesですかぁ?」

調子に乗って更に責め立ててみたりして。
それでも黙ってペンを動かし続けてた千歳さんの手がついに止まった。ガタンと大きな音立てて立ち上がった千歳さんは顔真っ赤にしてしかめっ面してて、そうそれその顔、テンション上がる。

「っあのね!
 悠人が私をからかってんのはわかってるから!
 意識してるんじゃなくてこれは生理現象なの
 部イチかっこいい人にそんなことされて
 赤くならないとか無理だからっ!」
「...部イチ?」
「あっ...今のナシ、ナシナシ
 聞かなかったことにしてっ...!」

やっちゃった!みたいな顔して千歳さんは手の甲で口を押さえながら、ふいとオレから目を逸らした。
部イチ?部で一番ってこと?黒田さんとか真波さんより?もしかして、

「...隼人くんより?」

って、わたわたと机の上の諸々を片付けてる千歳さんに何言ってんのオレ、もうここには隼人くんは居ないのに。小さく呟いた声は届いてなかったのか、千歳さんは荷物を抱えるとそそくさと部室を出て行こうとする。椅子から離れて一歩二歩、そこでぴたりと足を止めた千歳さんが横目でチラリとオレを振り向いた。

「...悠人はかっこいいよ、新開先輩より、誰より」

言うだけ言って千歳さんはこれまで見たことないスピードで走り去ってった。ぽつんとそこに残されたオレはまた机の上に突っ伏して、ひんやり冷たいそれに熱くなった頬を押し付ける。

「何それ、最強の殺し文句じゃん...」



ergate / 2017.12.24

short menu
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -