「だぁー、っちー...」

ぼたぼた落ちる汗がアスファルトの色を変える。
まるで水でも被ったかのように汗でびしょ濡れになったオレの口から、つい最後の気力を吐き出すみたいな声が出た。身体が重い、痛い、辛い。なのに吹き抜ける風と真っ青な空から降り注ぐ灼熱が心地いいとも思う。隣でカラカラ回る車輪のラチェット音、グランドからは野球部の掛け声とバットに白球がぶつかる音が、そこのテニスコートではスパンと小気味良いラリー音がして、なぁんか青春って感じがした。その中にオレもいんだなってふと思ったりして、あぁ夏の暑さでオレの頭はイかれちまってんのかな。

「っ純太!」

そんな具合にぼんやりと力無く水場目指してロードを押しながら歩いていると、ガシャンとフェンスに何かがぶつかる音と一緒に慣れた声がオレの名を呼んだ。十メートルほど先の金網に張り付いてる声の主は、菱形の隙間に突っ込んだ手でオレを手招きしている。
ご機嫌に揺れるポニーテールと黄色のスコートを装備した彼女は、オレを視界に入れようと必死に背伸びしてるようにも見えた。はは、何だあれ、犬かなんかみたいだな。フェンスに近付けるように進路を少し斜めに修正すると、重かったはずの足取りが少し軽くなった気がした。

「よぉ千歳、精が、」
「純太っ!」
「最後まで言わせろよー、何?」
「純太がここ通るの珍しいね!」
「あぁ、燃料切れたから補給。今日暑すぎて死ぬわ」

精が出るなって言おうとしたのに千歳に遮られて言葉にならずに終わった。落ち着かない様子でガシャガシャと金網を鳴らす千歳に空っぽになったボトルを振ってみせると、千歳は妙に納得した面持ちと、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。そういえば部活で忙しくてこの夏まともに顔も合わせてなかったな。お互いそれは承知の上で付き合ってるけど、久々に千歳の存在を意識して急に心拍が跳ね上がる。太陽に照らされた君の姿が眩しい、なんて、取り留めのない世間話をしながらも、どっかの恋の歌でありそうな歌詞が頭ん中を巡った。いよいよオレは暑さにやられちゃってんのもしれない。

「...って純太汗すごいね、タオルないの?
 こっち来て、拭いたげる」
「ん、さんきゅー」

首に下げてたスポーツタオルの端っこをフェンスの隙間にねじ込んだ千歳に引き寄せられるようにフェンスに更に近寄ると、千歳までの距離は30cmを切った。タオルの端を引っ張って自分で汗を拭えばいい。わかってるけど何となくそうはしたくなくて、懸命にオレに手を伸ばす千歳に顔を差し出した。ぎこちなく額に触れるふわふわのタオルから千歳の匂いがする。そんだけなのに何か癒された気分になるとか、オレってどんだけ千歳欠乏症なんだろな。なんて思えば無性に自分が可笑しくなって、つい口元を緩めてると目の前の千歳と目が合った。それも一瞬の出来事で、ふいと視線を逸らした千歳はきょろきょろと左右を見渡した。つられてオレも目線が泳ぐ。けど特に何かあるわけでもなくて、頭に疑問符が残ったまんま千歳に視線を戻すと、オレの唇に微かな熱が触れた。

「っ!な、に、」
「へへ...大丈夫、誰も見てなかったよ多分」

気のせい、か?いや、気のせいじゃない。
フェンスにほんのり赤くなった頬を添える千歳は照れ臭そうに笑ってて、さっきのそれがフェンス越しのキスだったんだって気が付くのは簡単だった。千歳ってそんなことするタイプだったっけかとか、してやられたとか、そんだけで終わり?とか、思考だけが目まぐるしく脳内を駆け巡る。

「多分って千歳...」
「だって嬉しかったんだもん、純太がここ通ってくれて
 部活中に会えるって中々ないし」
「千歳ー!」
「はぁーい!もう行かなきゃだ、またね純太
 そのインハイジャージすごく似合ってる、
 いつもの緑のも好きだけどっ!あ、あと」

驚き過ぎていつもみたいに気の利いたことも言えずにただ唖然とするオレ。そんなオレに千歳が更なる追い討ちをかけてくる。そんなの余計何も言えなくなるって...
起死回生策も講じられないまま、千歳は短いスコートをひらり揺らしてオレに背を向けた。足元に転がった黄色の球をラケットで上手く掬い上げるとトンットンッと2度ボールをバウンドさせて、千歳はまたオレを振り返ると唇を尖らせて呟いた。

「...インハイ終わったら、もうちょっと構ってね」

そう言うだけ言って千歳は走ってコートに戻っていった。千歳が鳴らすラリー音を聞きながら、オレはまたラチェット音を鳴らして水場を目指す。やっとたどり着いたそこにロードを立てかけて、蛇口に手を掛けるでもなくオレはその場にしゃがみ込む。心ん中で決めてたはずの決意とか何だとかが吹っ飛ばされるくらい、千歳の言葉の威力ってやつは本当...

「はぁ...インハイ終わるまで待てねーよ...」



moment / 2017.12.23

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