息を切らし通りがかった旧校舎から、微かに人の声がした気がする。もしかしてと慌てて引き返してみると、3人の男の影に黒のスカートの端が見えた。
全身の血が沸騰するみたいな感覚と一緒に目の前が赤く染まる。
あいつら千歳に何して...!ぶっ潰してやる!
拳にこれまでになく力がこもる。
3対1?知るかよ、やられる前にやりゃいい話だ。
いや待て、ここで暴力に訴えたらチャリ部はどうなる?ケンカはしねぇ福チャンに止められてっから、って確か荒北さんが前に言ってた。
王座奪還に燃える箱学が暴力沙汰でインハイ辞退なんて笑えない、でも千歳が...クソッ!部と千歳を両天秤にかけて足踏みしてる間に、千歳はまさに取って食われる寸前だ。
っそうだ、それなら、

「そこで何してる!
 ここは生徒以外立ち入り禁止だぞ!」

咄嗟に低く声色を変えて叫ぶ。一か八かの勝負は、あいつらがヘタレ男共だったお陰でオレの勝利となった。
へたり込む千歳に駆け寄ると、茫然とした千歳がオレを見上げる。バカ、来るのが遅い、とでも言うだろうか。あんたが逃げるからこんな目に遭った!と怒るだろうか。
オレは汗を拭いながら千歳に当たられるのを待ったが、千歳は何も言わずにぼろぼろと涙を零し始めた。まさかの出来事にぎょっとしたが、そりゃそうだよな。男3人に囲まれりゃ流石の千歳だって怖かったに決まってる。
嗚咽を漏らす千歳をどうにか慰めようと頭を撫でるつもりでそっと髪に触れたはいいものの、今それは逆効果なんじゃねーのってオレの頭ん中で警鐘が鳴った。
オレもきっと千歳にとっては嫌悪の対象、悪漢から助けたとはいえ、多分それは変わらない。
だから触れるべきじゃなかった、千歳の為にも?いや、それよりもオレはこの手を千歳に拒絶されることが怖いんだ。千歳に嫌われていることを改めて実感したくなんかない、もし今触るなとこの手を振り払われたら...
情けない話だが、そう思うとそれ以上手は動かなかった。動かせなかった。
指先に千歳の髪が微かに触れるだけのこの段階ではひとまず拒絶はされずに済んでホッとしながらも、尚も内心はビクついてる。だっせオレ、ここまできて自分の心配かよカッコワリ。
さぁいつもみたいに得意の憎まれ口でも叩けよ千歳。覚悟を決めて上がった息を整える。
だが、千歳の口から出てきたのは予想外にも憎まれ口でも恨み言でもなく拒絶でもなく、オレの名前だけだった。

「っ黒田ぁ...」

少し掠れた千歳の声に、物理的にも精神的にも衝撃を受けた。体当たりみたいな抱擁、背中に回った千歳の手が燕尾の生地を握り締める。
涙を零しながら震える千歳の悲痛な表情が脳裏に焼き付いて離れない、やっぱりあいつらぶっ飛ばしてやればよかった!
さめざめと泣く千歳を抱き締めてやることしか出来ないなんて、オレは何て無力なんだろう。千歳を一人になんてすんじゃなかった、オレが猫耳を恥じてなきゃこんなことにはならなかっただろうに。自己嫌悪で押し潰されそうになる。あぁでもそれ以上に、

「っ千歳が無事でよかった...」

思わずそう呟いてしまったオレの言葉が千歳の耳に届いたのかは分からない。千歳への罪悪感と無事でいてくれた安堵感、それから千歳がオレの腕ん中にいるっていう幸福感。色んな感情が渦巻く中でオレは千歳が落ち着きを取り戻すまで、その身体を抱き締め続けた。



モノクロ*ノーツ 20
オレは何て無力なんだ / 2017.12.17

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