沸き立つ水、上がる湯気。
カチリと音が鳴って電気ケトルは役目を終えた。
カップを二つ取り出してケトルの横の瓶の蓋を開ければ、ふわりとコーヒーの香りがする。
何度も遊びに来ているうちに勝手知ったる場所になったキッチンで、私は迷わず備え付けの引き出しからティースプーンを取り出した。

「千歳チャン、今日は濃い目にしてェ」
「はーい、これくらいでいいで、す...か...っ?!」

インスタントコーヒーの瓶からカップへ褐色の粉を移していると、いつの間にやって来たのか、私の横で部屋の主の声がした。座って待っていてくれて良かったのにと思いながらも、言われた通りもうひと匙追加で粉をカップに入れる。
濃い目の定義がよく分からなくて私の手元を覗き込む彼を見上げると、細められた黒の両目と目が合った。合った、というか目の前にあったが正しいんだけど、驚く間もなく柔らかい感触が唇に触れる。持っていた瓶がゴトリと大きく音を立てて落下した。

「あ、あぁっ...ごめんなさいっ...!」
「アーいいヨ、ほっといて
 にしてもびっくりし過ぎじゃナァイ?
 そゆのチョット傷付くんだけどォ」

接触は一瞬、なのに顔に熱が集まる。
倒れた瓶から飛び出した粉が床にまで散らばって、慌てて私はしゃがみ込んでそれをかき集める。
ほっといていいわけないし、いやでも荒北さんが急にそんなことするからこうなったわけで、あぁもう、びっくりするなっていうのは無茶ですよ、傷付けたっていうなら申し訳ないけれど。

「だっ...だって...
 まだ帰る時間じゃないですし...」
「帰る前しかしちゃダメって決まりでもあんのォ?」
「そういうわけじゃないですけっ...どぉおぉ!?」

せっせと粉を集めながら、ささやかな口答えをしてはみるけど効果はあんまりなかった。私に目線を合わせてしゃがむ荒北さんは口角を上げていて、私の反応を楽しむような悪い顔をしている。
いつもだったら帰る前にするお別れのキス、それが突然不意打ちで降ってくれば誰だってこんな反応をするだろう、そりゃ帰る前だけって思っていた私にも多少非があるのも事実ではある。とはいえ今のは荒北さんが悪い。合わせるのすら恥ずかしい視線をどうにか上げて、私は恨めしそうな目線を送ろうとした。
しかしそれは、2度目のキスで封じ込まれる。
ちゅ、と軽くリップ音を鳴らした荒北さんの顔が私の目の前数センチにあって、彼が唇に触れていたのは1秒にも満たないのに益々顔は熱くなった。

「ッハ!顔真っ赤だな千歳チャン」
「...っ急にそういうの、ダメです...」
「何でェ?」
「なんっ、何でって、それは...」
「ねェ何で?ねェ、ねェねェ?」

額に頬に口付けしながら至極楽しそうに悪戯な笑みを浮かべる荒北さんの親指が私の唇をなぞる。
もうコーヒーの粉がとかお茶を淹れなきゃとか考えられなくなった私の中は荒北さんでいっぱいで、全力疾走したあとみたいな動悸がする。このままじゃ私、多分死んじゃう。
死因が荒北さんだなんてそんな冗談、馬鹿みたいだけど理想だなとか訳のわからないことを思っていたら、荒北さんは瞼を閉じた。あ、だめ、またキスなんてされたら私本当に神に召されちゃうからっ...!
咄嗟に両手を前に突き出して荒北さんと距離を取る。荒北さんはきょとんと目を丸くしていた。

「...っ慣れてないからです!
 ドキドキし過ぎて心臓がっ!壊れちゃうからぁっ!
 荒北さんの意地悪、何でこんな...恥ずかしい...」

今日一番の大きな声で、ぎゅっと固く目を閉じながら私は叫びにも似た自白をした。
こんな宣言、尚更恥ずかしい。死因が不整脈から恥ずか死になってしまう。

「何でって、千歳が好きだからに決まってンだろ
 もっと触れてェって思っちゃダメなワケ?」

千歳からキスしてくれたこともねーし、なんて付け加えて荒北さんは言う。楽しそうだった声が急に低くなったように思えてそぉっと目を開くと、荒北さんは怪訝に眉を顰めていた。
駄目な訳ないです嬉しいです、でも出来たら少しずつゆっくりステップアップして貰えませんか、でないと私の死因荒北になってしまうので!
と、言えればいいのに、ぱくぱくと動くだけで口から言葉が出なかった。ただあわあわと声にならない声が出るだけで、あぁどうしよう私が中々荒北さんとの接触に慣れないばっかりに...
私から視線を逸らした荒北さんからハァとため息が漏れる。こんなことで嫌われたら嫌だ、絶対。
私は意を決して荒北さんの顔を両手で捕まえた。荒北さんの瞳の中に私が映る。恥ずかしい、けど、そんなこと言ってる場合じゃないっ...!愛想を尽かされるくらいなら恥なんて!
震える唇を押し付けるだけの色気のないキスを荒北さんに、好きだって気持ちはいっぱい込めて。

「ん...っんん!?んー!!」

さっきの2回と同じく一瞬触れるだけのつもりだったのに、後頭部を荒北さんに掴まれて離脱は叶わなかった。ぐいぐいと荒北さんの肩を押してもびくともしないし、私の頭は動かない、息も出来ない。
死因が呼吸困難になる寸前になってやっとくっついてた唇が離れた、べろりとそこに舌が這う感触と一緒に。

「っん、はぁ、はぁ...荒っ...」
「ハッ!チョロ過ぎんよ千歳っ...!」
「な、どっ、どういうことですかっ...!」

荒ぶる息、上下する肩、燃えそうなくらいに熱い顔。
いっぱいいっぱいの私がうっすらと目を開けて荒北さんを見ると、さっきの不機嫌顔が嘘みたいに荒北さんは破顔していた。ついでに喉の奥も鳴らしてクックと笑ってる。
わ、わざとあんな顔して私からキスさせたんだ...!
そう気付いた時にはもう色々と遅くて、燃えるどころか真っ赤な顔は溶けて落ちそうなくらい、いっそ溶けて消えてしまいたい。
羞恥とか困惑とか憤りとかでぶるぶる震える私の身体を抱き締めて、荒北さんは尚笑う。

「はー、カァイイ...
 千歳チャンのそゆトコ、オレ大好きだわ」

こんなのって、こんなのって...!
許せないと思うのに、許さざるを得ない。
そんなこと言われたら、私が言える言葉は一つしかないじゃないですか...

「私も、荒北さんが大好きです...」



unaccustomed / 2017.12.15

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