入店した時と同じ音を鳴らしながら開いた2枚の自動扉の間を通過してお店を出ると、むわっと蒸し暑い空気が肌に纏わり付いた。
本来なら私が勉強を教えて貰ったお礼としてお金を出すべきだっただろうに、荒北さんは、

「オレの奢りだっつったろォ」

と言って私はお財布すら出させてもらえず、終始おろおろしている間にスマートに支払いを済ませてしまった荒北さんは何食わぬ顔ですたすたと先を行った。
ありがとうございます、どういたしましてのお決まりの流れを経て、私たちは来た道を戻って駅の改札へと向かう。

「あの、荒北さん、何かお礼を...」
「ハ、白崎チャンまァたそんなコト言ってんのォ?
 ンなのいいって、気にし過ぎだヨ」

数歩先を歩く荒北さんの背を追いながらそう言うと、荒北さんは顔だけで私を振り返って上げた手をひらひら振る。
私としては荒北さんに些細なものだとしてもお礼に何かしたい訳で、いいと言われても困る。そんなの自己満足だって言われたらそうなのかもしれないけど、それじゃ私の気が済まない。
とはいっても私が出来ることなんてたかが知れてるし、お礼がしたい気持ちばかりが先走って実際にはノープランだ。どうしよう、何か、何か荒北さんに...

「でも勉強も教えて貰いましたし...あっ」
「...ア?」
「これ、差し上げます!」

その場に立ち止まって鞄の中をごそごそやって、筆箱からさっきのシャープペンシルを一本取り出す。同じく歩を止めた荒北さんに、私は黒猫が揺れるそれを差し出した。

「いいの白崎チャン、これ3匹セットじゃねーの?」
「いいんです、荒北さんに似合うなって思ってたので
 ほら筆箱パンパンだし、これでスペースにゆとりが!
 って、荒北さん良かったらですけど...」

私の気のせいかもしれないけど、さっき荒北さんに貸した時、気に入ってるように見えたから。高校のときの黒猫ちゃん代わりにでもなったらいいなって思って取り出したはいいものの、使用済みのシャーペンがお礼ってどうなんだろうって気付いてハッとする。
黒猫はほとんど使ってないし、ほぼ新品ですから!って慌てて付け加えると、荒北さんは軽く笑って私の手からそれを受け取ってくれた。

「白崎チャンがそう言うんなら
 コイツはオレが貰い受けるわ、あんがとネ
 可愛がってやんよォ...あ、コイツ名前なんてーの?」
「クロっていいます」
「ッハ、まんまじゃねーか!
 じゃーあとの2匹はミケとトラ?」
「荒北さんおしいっ、トラじゃなくてシマです」
「シマかァ...にしても安易なネーミングだなオイ」
「絵本のキャラクターなので」
「アー、ナルホド納得」

荒北さんの手の内に居たクロは荒北さんのTシャツの左胸のポケットに入れられて、ゆらゆら揺れた。真っ黒なシャツと同化して、前からそこが定位置だったみたいにしっくりきてる。
あれ?これってもしかして、柄違いだけど荒北さんとシャーペンお揃いなんじゃ...?
そんなつもりはなかったけど、意図せず起きた奇跡に気付いて一人内心で浮き足立つ。お礼というよりもはや私へのご褒美だ。荒北さんとお揃いだなんて、わぁー!
なんて思ってる間に改札までのまっすぐの道は終わってしまって、荒北さんは券売機のほうと向かって行ってた。

「白崎チャン降りんの富士丘駅だっけェ?」
「あ、はいっ、富士丘です」
「ンじゃ富士丘まで送ってって、」
「っ!?だっ、大丈夫です!ここまでで!」
「ア、そぉ...じゃあホームまで、」

勉強を教えて貰ってご飯ご馳走になって、更に送って貰うだなんてそんなこと!!
はっしとシャツの端を捕まえて荒北さんを足止めすると、荒北さんは不思議そうな顔をした。
私は定期だからいいけれど、荒北さんはホームへ上がるにも入場券が要るじゃないですか。これ以上荒北さんに負担を掛けるわけには、って必死になって私は大丈夫だと連呼する。たった一駅だし、ラッシュはもう過ぎてるし!
どうにかこうにか荒北さんを言いくるめて納得させて、券売機から距離を取ると、荒北さんはじっとりとした目で私を見る。

「本当にホームまで行かなくていいのォ?」
「大丈夫です、荒北さんって案外過保護なんですね」
「ンなことねーと思うけど
 本当に大丈夫ゥ?迷子とか、」
「ならないですよっ!」
「ッハ!言うじゃナァイ白崎チャン」

荒北さんの中での私って一体何なんだろう。
犬扱いどころか幼児扱いされてるような気がするけど、それもちょっと嬉しかったりする。荒北さんが笑ってくれるなら、私は何だっていいや。

「ンじゃ今日はここで、気を付けて帰れヨ?
 スマホデビュー楽しみにしてっからァ」
「はいっ、荒北さん今日はありがとうございました!
 じゃあまた、失礼します」

深々と頭を下げてから改札を抜けてホームへの階段を上る。ちらりと後ろを振り返ると荒北さんの姿がまだそこにあって、小さく手を振れば荒北さんも私に手を振ってくれた。
後ろ髪を引かれるってこういうことなのかな、帰らなきゃいけないのに階段を上りたくない。こんなことならホームまで送ってもらってれば...ってダメダメ、私はちょっと欲深くなっちゃってる。
そんなことを思っていたら電車のドアが開く音がして、私は急いでホームへ向かった。上りきった階段の上で後ろを振り返るけど、改札はもう見えない。
スマホデビュー楽しみにしてるって言ってくれた荒北さんの為にも、

「よっし、頑張るぞっ!」

そう呟いて私は電車に飛び乗った。
脳裏に荒北さんの笑顔を思い浮かべながら。



AとJK 4-9
胸元に揺れる / 2017.12.16

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