ふと小学校の修学旅行で京都に行ったときのことが頭をよぎった。
観光客で賑わう通りから横道に逸れると、石畳の道はさっきまでの雰囲気とは一変してシンと静まり返る。太陽に照らされて明るいはずなのに仄かに暗い、立ち並ぶ家屋に取り付けられている固く閉じられた木の扉にはどこかで見たことがあるような懐かしい面影があった。
まるで過去に似た異世界にトリップしたみたいな幻想的な空間に、子供心ながら感動したものだった。
私のあとを追いかけてきた先生に、日本は安全平和だからいいけれど、もしここがニューヨークだとしたら安易に裏通りに入るのは危険なんですからね!と怒られたのもいい思い出だ。
ーーーなんていう現実逃避も程々にして、ここは間違いなく日本だし、ニューヨークではないどころか私のホームとも言える箱根学園の敷地内のはずなのに、中庭から一つ逸れた渡り廊下のその先の、賑やかさが微かに聞こえる閑散とした旧校舎横で、籠をぶら下げたメイドの私は3人の男に囲まれている。
宣伝だからとにこやかに対応したのが悪かったんだろう、妙に馴れ馴れしく絡んでくる男共を振り切ることが出来なかったばかりか、とにかく早歩きで逃げることに意識を持っていかれていたせいで、通るべきルートを間違えてしまった。
どうして私はこんな人が居ないところに来てしまったの、こんなの、絶体絶命だ。

「こんな所まで連れて来て、もしかして案外乗り気?」
「実はオレら、
 さっき君んとこのカフェ行ってきたんだよね」
「悪かなかったけどちょっとサービス不足
 だったんだよなぁ。ま、代わりにお前が
 サービスしてくれりゃいいってことで」

人が黙っていれば調子に乗って、男共は口々に言いたいことを言ってくれる。
そういうサービスがお望みならば横浜なり川崎なり、いっそ歌舞伎町にでも行けばいいのに。嫌悪感だけが胸を占めた。
学園祭の喫茶ごときに何求めてきてんだよ!飢え過ぎか!と、きっと黒田なら突っ込んでくれるはず、ってどうして今あいつの姿を思い出してしまうんだろう。そもそも黒田が逃げなければこんなことにはならなかっただろうに。

「おい、聞いてんのか?」

自分が悪いのにここに居もしない黒田に責任転嫁して腹を立てていると、男の1人が私に手を伸ばしてくる。その手を思わず振り払うと、それと共に下げていた籠が地面に落ちた。
ころんと転がっていくケーキ、たこ焼きのパックは
横倒しになってソースが漏れる。

「ってぇな、なにすんだよ!」

そっちが勝手に触ろうとするからでしょ!
そう言ったつもりなのに、口がぱくぱくと動くだけでそれは言葉にならなかった。
嘘、どうして?血の気がさぁっと引いていく。
そんな私を見てニヤリと笑う男共は互いの顔を見合わせると3方向にばらけた。右手と左手をそれぞれ左右の2人に掴まれて、正面の男が私に向かって一歩踏み出す。
こんなシーン、漫画で見たことがある。
絶対絶命なその時、どこからともなく颯爽と意中の人が現れて華麗に助けてくれるシナリオ、どの話も大体同じ形式美みたいな話。
それを自分に当てはめればヒーローは荒北先輩、心の中で先輩の名前を叫んだけど当然先輩が現れることはなかった。だって私は漫画のヒロインでも何でもないんだから、奇跡なんて、起こらない。

「声も出ない?震えちゃって、かっわいー」
「お前さっさとしろよ後つっかえてんだろ」
「るっせ馬鹿、楽しませろよ」

それなら自力でどうにかしなきゃいけないのに、腕を振りほどこうにも身体は震えるばかりで思うように動かなかった。男の手が私の髪の毛に絡んで、掴んだ毛束を指先が撫ぜる。肌に触れたわけでもないのに背筋がゾッとする。
気持ち悪い、触んないでよ!
当然それも声にならず、誰の耳にも届かない。
いやだ、やめて、助けて黒田ぁ...

「そこで何してる!
 ここは生徒以外立ち入り禁止だぞ!」
「やっべ、逃げんぞ!」

突然聞こえてきた先生の怒声に驚いたのは私だけじゃなく彼らもで、さっきまでのニヤケ面も見る影なく顔色を変えると、脱兎の如く逃げ去った。
私、助かっ、た...?
一気に身体から力が抜けて、私はその場にへたり込む。
その横に転がるケーキ、たこ焼きも。せっかく渡そうと思ってたのに、台無しだ...

「おい、大丈夫かよ千歳!」
「...え、なんで、先生じゃ...」
「っは、ゴリ先の物真似、
 ああいう奴らにはこれが一番、効くだろっ...」

名前を呼ばれて顔を上げると、きらりと光る銀髪が立っていた。
ぶん殴ってやろうかと思ったけど部に迷惑かけらんねーし、と付け加える黒田は大きく肩を上下させながら燕尾の袖で額の汗をぐいと拭う。
その衣装レンタルなんだから汚さないでよって言いたいのに、私の口からは代わりに嗚咽が漏れた。緊張の糸がぷっつり切れて、ぼろぼろと涙が溢れる。
黒田は一瞬目を大きくしたけど、すぐに元の顔に戻って私の前にしゃがみ込むと、そっと私の頭に触れた。
触れてるのか触れてないのか、何となく触れられてる気がするくらい微かに、これ以上私を怖がらせないようにそっと。

「っ黒田ぁ...」

感極まって思わず目の前の黒田に縋るように抱きつくと、頭の上の手がするすると下りてきて私の背中を包み込む。もう片方の腕も一緒にぎゅっと力が込められて、私は黒田の胸の中。
耳に聞こえる黒田の心音はまだ激しく脈打っていた。



モノクロ*ノーツ 19
私のヒーロー / 2017.12.04

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