くしゃくしゃになった頭もそのままに、私の脳内は今数列が舞うお花畑になっている。
自分でも何を言っているのかわからないけど、お花畑を駆ける映像のなかで花びらの代わりに数字が舞っているのだから、そう表現するしかない。
あぁもういっそ荒北さんの犬になりたい、というと語弊がある気がするけれど、とんでもないご褒美に興奮気味の私はここで小躍りしてもいいとすら思ってる。
勿論そんなことは出来るわけがないので、私は心の中で歓喜の踊りを舞い踊った。
我に返り問題を解くふりをしてノートの上を走っていた文字を改めて見ると、数字にもアルファベットにもならない訳の分からないもじゃもじゃした物体がそこに描かれていた。
卓上に置いて行かれた荒北さんのスマホの画面ではタイマーが容赦なくカウントダウンを続けている。
大変だ、時間、時間が!
慌ててもじゃ文字を消しゴムで葬って、テキストを睨め付けるように凝視する。残り時間はあと7分、カップラーメンが出来上がってしまうほどの時間を妄想の世界で過ごしてしまった私は、左手で髪を梳かしながら改めて数学の世界へと旅立ったのだ。

*

「どーよ、順調ォ?」

机にグラスがぶつかる音と一緒に荒北さんの声がした。
刻一刻と迫るタイムリミットに急かされて声のほうを見る余裕もなく、私と数列の戦いは佳境を迎えている。
グラスになみなみと注がれたベプシが右へ左へ波打っているその横で、時を刻むタイマーの数字ももう佳境、ノートとタイマーを交互に見ながら焦りばかりが募ってく。
3分も無駄にしていなければ間に合っていたはずなのに、あぁ、時間が、時間がっ...

「これは気にしなくていいヨ、ただの目安だからァ」

見兼ねた荒北さんが残り数秒のそれを止めた。
ほっと胸を撫で下ろすも束の間、ほら集中ゥ!と叱咤激励を受けて、私の視線はやっとノートに固定される。

「お待たせ致しました、あつあつアップルパイ
 バニラアイス乗せでございます」

必死に頭をフル回転させながら手を動かしていると、今度はお皿がことりと置かれる音がした。
思わず机の真ん中をチラリと見ると、そこにはメニュー表にあったのと同じ、まん丸で美味しそうなアップルパイが鎮座していて、ふわりと甘い香りが私の鼻をくすぐる。
まさかこのタイミングでやってくるなんて嗚呼無情、今日の神様は私に慈悲を与えてはくれないのでしょうか...

「まァでもあんま時間かけてっと
 アイス溶けちまうかもだけどなァ?」

私の焦りを助長するかのように荒北さんは意地悪なことを言う。
あつあつと銘打たれているだけあって、乗せられたバニラアイスはじわりじわりと液体へと戻っていってる。このままいけば、ぬるいアップルパイバニラソースがけになってしまうことだろう。
意図せずお預け状態になってしまった私から、むぐぅ、と恨めしそうな声が漏れてしまって、荒北さんは堪え切れなかったらしい笑いを吹き出した。
あと少し、あと1行...
イコールの先の解にアンダーラインを引いて、よし!

「っで、きました!」
「じゃノートとテキスト見せてェ
 頑張った白崎チャンにはコレな」
「ありがとうございます、いただきますっ」
「ン、どーぞォ」

私の前から教材を回収すると、荒北さんは代わりにアップルパイのお皿を私に差し出した。
パイに接している部分は溶けてしまっているものの、上に君臨する白の半球はまだ原型を留めている。
それの頂点に乗ったミントの葉を避けてから
パイの端にフォークを刺すと、さくっといい音がした。切り取ったパイの上にバニラアイスを少し乗せて迷うことなく口の中へ、あったか冷たい温度と香ばしい甘みが口内に広がっていく。
頑張ったあとの甘味の美味しさといったらもう、パイを口に運ぶ手が止まらない。ほっぺたが落ちそうっていうのはまさにこのことなんだろう。

「うまそうに食うねェ白崎チャン」
「だ、だっておいしいですもん...」

うっかり目の前のパイに魅力されて、荒北さんに見られていることを忘れてた。ノートに文字を書き込みながら横目で私を見る荒北さんと目が合って、何だか急に恥ずかしくなる。
大口開けて緩みきった顔まで晒して、なんたる失態!
でもアップルパイが美味しいのは事実だし、こればっかりはしょうがない、美味しいアップルパイが悪いんだ。

「ッハ!そりゃそうだろなァ、見りゃ分かるわ
 ところでさっきから気になってたンだけど...
 白崎チャン猫好きなのォ?」

一口をさっきよりも小さくして控えめに口を開くと、荒北さんはシャーペンにぶら下がる三毛猫のマスコットをふりふりと振りながら私に問うた。
なんで急に猫の話を?
あぁ、私がさっき持ってたシャーペンも猫だから、猫好きだって思われたのかな。

「猫が好きっていうか...
 これ昔好きだった絵本のキャラクターで
 3匹の子猫ってシリーズなんですけど、
 三毛猫とキジ猫と、あと黒猫もあるんですよ!
 この前文具屋さんで見つけて懐かしくてつい3匹とも
 買っちゃったんです、3本もシャーペンいらないのに
 お陰で筆箱がパンパンになっちゃいました」
「へェ、これ3匹の子猫っつーの、カァイイねェ」

フォークを置いて筆箱からもう一本、澄ましたお座りポーズの黒猫のシャーペンを取り出して荒北さんに差し出すと、興味ありげな荒北さんは三毛猫を私に返して黒猫をまじまじ見てから、またノートに視線を戻す。
今度は黒猫がノートの上で揺れている、全体が黒いそれは三毛のものより荒北さんによく似合ってた。

「荒北さん猫もお好きなんですか?」
「ンーまぁ、高校ンときガッコにこれみてェな
 黒の野良猫がいてさァ、ソイツによく餌やってたヨ
 アイツ元気してっかなァ...
 っし、白崎チャン、これ答えは合ってっけど
 途中の計算式省略せずにちゃんと書いたほうがいいぜ
 式とポイント書き加えといたから後で見とけヨ」
「あっ、はひっ」
「ハッ!後でっつったろ、
 今はそれしっかり食ってなァ」

カリカリとペンを走らせていた荒北さんの手が止まってノートとテキストは閉じられた。
机の上に重ねて置かれたそれを受け取るべきか、アイスが溶け切る前にアップルパイを完食するべきか迷ってる私の思考は荒北さんにはお見通しだったみたいでもぐもぐと口を動かしながら、わたわたと手を泳がす私を見て荒北さんは笑ってた。
もしかしてこれ、食べ切るまで荒北さんに見られてるのかな...
ふと気が付いてしまえば無駄に意識してしまうもので、黒猫のシャーペンをくるくる回す荒北さんの視線を感じながら食べる残りのアップルパイは、緊張と羞恥で味がしなかった。



AとJK 4-8
3匹の子猫 / 2017.11.30

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