「...あの、さっきね、
 田所くんに巻島くんがここにいるって聞いて」

爽やかな風に吹かれながら流れる沈黙、それを破ったのは彼に見惚れている場合ではないと気を取り戻した私だった。

「田所っちに?
 あぁ...もしかして、うまくいった報告か?」
「報告?」
「田所っちに告白してきたんじゃねぇの?」
「えっ...なんで、」
「白崎昨日何か変だったしな
 ...それに今日、朝挨拶無視したっショ」
「うそ、私挨拶無視なんてしてな...あれ...?」
「そんだけテンパってたってことだろ
 良かったな、うまくいって」
「待って巻島くん、違うの、色々と」

田所くんの名前に反応してこちらを見た巻島くんと一瞬目が合ったけど、すぐにフイと逸らされた。勘違いが誤解を生んで、あらぬ方向でこんがらがってる。
前からそういう節はあったけど、そもそも巻島くんは何を以てして私が田所くんを好きだと思っているんだろうか。
巻島くんとの話を引き延ばすために、自転車部のことについて聞いたから?巻島くんが美味しいって絶賛する田所くんちのパン屋さんがどこにあるのか聞いたから?
どこからどう説明したらいいのか、何を言ったとしても最終的に言わないといけないのは「私は巻島くんと話がしたかっただけ」そんなの好きだって言ってるのと同じだ 。
誤解を解くにはそれを言うのがてっとり早いし、私はそれを言いにここまできたんだから今更言いあぐねる必要もないのに、いざとなると勇気が出なかった。
昨日と同じじゃないか、私のいくじなし。
とりあえず朝の挨拶の件のことを謝ろう。
そういえば今日は確かに私からは挨拶しなかった。でも巻島くんに挨拶された覚えはないし、なんなら今朝挨拶した覚えもない。
あれ?毎日挨拶するって決めてたはずなのに?
今になって気付くなんて、巻島くんの指摘の通り私は朝からテンパっていたのかもしれない。
多分聞こえてなかったんだと思う、ごめんね巻島くんって伝えると、巻島くんは私を見上げて、ショ、と一言呟いた。
取り繕った真顔の中で口元を少しだけ緩ませた巻島くんはいじけてた子供が機嫌が直ってるのにわざとそれを隠してるみたいな顔をしていた。
ずるいよ巻島くん、そんな顔されたら私期待しちゃうよ。もしかして少しだけでも私を気にしてくれてるのかなって思っちゃうじゃん。

「田所くんには巻島くんの居場所聞いただけで、
 その...私が告白したいのは、ま、巻島くんだから!」

そんな淡い期待を皮切りに、思い切って私は巻島くんにそう告げた。思いもよらなかったんだろう私の発言に巻島くんは驚いて目を見開く。
ハ?っていう吐息みたいな声と共に。

「昨日はどうしても言えなくて...
 だから今日絶対言おうって、あの、私...
 1年のときからずっと巻島くんのこと気になってて!
 私もっと巻島くんのことが知りたいから
 良かったら私と付き合ってもらえませんかっ...?」

ーーー言った、ついに言ってしまった。
口から心臓が飛び出そうなくらい、いっそ飛び出てしまえばこの真っ赤になった顔の血の気も引いてくれるんだろうか。
恥ずかしくて居た堪れなくて巻島くんの顔も見れずに、ゆらゆら揺れる緑の髪先を見ていると、さほど間を置くこともなく巻島くんから返答が返ってきた。

「クハ、勘違いしてたみてぇだなオレ...
 気持ちは嬉しい、けど悪ぃ白崎とは付き合えねぇ」

それはむしろ即答に近くて、期待に膨らんでいた胸は穴のあいた風船みたいにしおしおと萎んでいく。
こんなことならこれまでみたいに黙ってただ見てれば良かったなって、そんなこと思ったってしょうがないのに後悔の念が私を襲う。

「っそ、か...
 ごめんね急に、迷惑...だったよね...」
「違っ、迷惑なんかじゃっ...」

精一杯平静を保ったつもりで声を出すけど、言葉は切れ切れに掠れてなんとも情けない。
目に映る巻島くんの姿が滲んでいく中、見ていた髪先が大きく揺れた。身を乗り出すような勢いで私を見上げる巻島くんは、ただでさえ垂れ気味の眉毛をハの字に下げて何かまだ言いたそうな顔をしている。
またそんな顔、思わせぶりな態度はやめてと思うのに、もしかしたらって希望を捨てきれない私もいた。
巻島くんは開いてた口を閉じて視線も下げて、迷うような素振りを見せながらもまた私を見るとゆっくりと口を開く。

「...オレ、夏が終わったらイギリスに留学するんショ
 もし付き合ったとしても3ヶ月しか...だから...」
「イギリスって...どのくらい?」
「向こうの大学行って、その後も多分ずっと」

夏が終わったら、巻島くんが居なくなる...?
ずっとって、もう日本には戻らないってこと?
衝撃的なカミングアウトに頭がついていかない。またまた、そんな冗談、振るのが気まずいからってそんなの。
冗談だったらいいのに巻島くんはただ気まずそうに俯くだけで、その姿がより言葉に現実味を帯びさせる。
あとたったの3ヶ月、これ以上仲良くなれば別れるのが辛くなるだけだ。それを分かってて巻島くんは私の告白を断ったのかもしれない。
たった3ヶ月、ううん、むしろ3ヶ月しかないんなら
例え辛さ増そうとも、

「3ヶ月だけでも巻島くんの側に居たい、
 だめかな...?」
「...白崎がいいなら、構わねッショ」

我ながらしつこく食い下がったと思う。
巻島くんがため息みたいな息を吐きながら、ぼそりと小さく呟いた言葉を私は聞き逃しはしない。
なんとなくお互い気恥ずかしい気分になって、目も合わせられずに屋上はまたシンと静まり返る。それも束の間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「教室、戻るか」
「あっ、うん...ん、んー?」
「ここの扉、立て付け悪くて中々開かねぇんだ」

一気に現実に引き戻されて、何もなかったみたいなふりをして再びドアノブに手を伸ばして引くけど、重い扉は数センチだけ開いてそこから動かなくなった。
ガチャガチャと無駄にノブを回して見るけど当然意味なんかなくて、全身の力を持ってしてもびくともしない。
立ち上がった巻島くんがそんな私を見かねてかドアの隙間に手を突っ込んで厚い金属扉を引くと、さっきまで開かなかった扉がギィと音を立てながら開いていった。
だからあんま人来なくていいんだ、いい場所見つけたッショ、って言って巻島くんは屋上から出て行く。
それに続いて私も、扉がきっちりと閉まるのを確認してから長い髪の毛を揺らしながら先に階段を降りてく巻島くんのあとを追った。

「...千歳、置いてくぞ」

階段の真ん中で私を振り返った巻島くんにさりげなく名前を呼ばれて、遂に巻島くんが私の彼氏になったんだなって感慨深くなりながら、私は階段を駆け下りる。

3ヶ月限定のお付き合いは、こうして幕をあけたのだ。



サイハテ 09
それでも私は / 2017.12.05

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