薄いベニヤ板に角材をくっつけただけのちゃちな看板を掲げてオレは人気のない道を選んで進む。
それじゃ宣伝になってない!
あいつならそう言うんだろなと、さっき別れたばかりの女を思い出して、また胸ん中がモヤモヤしてきた。
かたや猫耳装着で先輩達に笑われる執事姿のオレ、かたや軽々と千歳を姫抱っこする和装の葦木場。
どっちか選べって言われたとしたら、千歳に限らず誰だって葦木場を選ぶに違いない。
そもそもオレってあいつに嫌われてんじゃん、そういえば。千歳にどっちかなんて聞くまでもなく、言わずもがなじゃねーかって気付いて思わず深い溜め息が出た。
最近オレへの接し方が前よりマシになってきてるっつっても千歳がオレを好きになる可能性なんて、万に一つもねぇんだろうな。
あーあ、だっせオレ、何だこれ、バカみてー。
千歳に猫耳弄られ倒されるトコ見られてヘソ曲げて、葦木場に勝手に嫉妬して、あげく千歳から逃げるみたいに一人でこうして校内を歩いてるって、ほんっと救いようがねーくらいカッコわりー。
クラスの宣伝とはいえ千歳と二人で学祭周れてたってのに何やってんだ黒田雪成、せっかくのチャンス無下にして。つーか千歳がオレにたこ焼き食べようって誘うとかもう二度とないんじゃねーの?
ただでさえマイナススタートだってのに拗ねてる場合じゃねーだろ、オレは小学生か!女子意識し過ぎて空回りする小6か!
今更後悔したところで過ぎた時は戻らない、千歳みたいに開き直って学祭を楽しむのが多分正解だったんだ。そしたら今頃千歳と楽しくたこ焼きとか食って、人が多いからとか適当に理由つけて手ぇ繋いだりとか出来てたかもしんねーのに。
猫耳だって見方変えりゃペアルックみたいなもんだろ、白黒コンビでも何でもいいから疑似カップル感噛み締めて千歳の隣を死守してりゃ良かった。

『あン時ああすりゃよかったこうすりゃよかったって
 腐ってるヒマあんなら今からでも行動起こせバァカ!
 考えろ、足止めンな、出来んだろ黒田ァ!』

ふといつだったか荒北さんに言われたことを思い出す。
んでこんな時にアンタの言葉なんか、って思うのに頭に冷水ぶっかけられたみたいに一気に思考がクリアになった。

ーーー出来るに決まってる。
癪だけどアンタの言う通りだ、足止めてたまるかよ!

捨てられたと思ってたくだらねープライドがまだオレの中に染み付いてんのか、単にオレが情けない男なだけなのか、理由はどちらにせよ、んなもん全部払拭してやる。
猫耳がどうした、笑うんなら笑いやがれ。
校舎周り一周したら千歳のいる中庭に行こう。もしまだ千歳がそこに居たら、たこ焼き一緒に食えっかな...

*

「塔一郎」
「えっ、雪成ユキ?何でここに?」

息巻いて人でごった返している中庭に乗り込むと、思いのほか注目を浴びることもなく、むしろ廊下を歩いてたときのほうが目立ってたと言えるくらい、オレの姿は中庭の雰囲気に馴染んでいた。
混雑を逆手にとってかクラスの宣伝に駆り出された珍妙な衣装の奴らがそこかしこに居て、人魚姫の格好した貝殻ブラ男に比べればオレの猫耳なんて大したことねーような気すらする。目くそ鼻くそを笑うってヤツかもしんねーけど。
そんな奴らの横を通り過ぎ、中庭の中ほど、渡り廊下寄りの出店にたこ焼きの文字を見つけて近寄ってくと見慣れた坊主頭が首に掛けたタオルで汗を拭いながら必死にたこ焼きを焼いてた。
オレの声に反応して顔を上げたと思えば塔一郎はえらく驚いたような表情を浮かべて、まだ焼き色の薄い球体を転がしていた手を止める。

「何でって何だよ、来ちゃいけねーのかよ」
「違うよびっくりしただけ、さっき白崎さんが来て
雪成ユキはここには絶対来ないって言ってたから」
「絶対とは言ってねーよ、あいつ話盛り過ぎだろ...
 で、千歳は?」
「白崎さんなら任務完了したからクラスに戻るねー
 って言ってたこ焼き2つ持って帰ったよ」

だよな。もう居ないんじゃねーかとは薄々思ってた、籠ん中のチラシも別れた時点でだいぶ捌けてたし。ただオレが淡い期待を抱いてただけ。
わかってっけど気分は落ちる。

「んじゃオレも戻るわ」
「え、雪成ユキたこ焼きは?」
「いい、腹減ってねーし。じゃーな塔一郎」

何しに来たのって言いたげな塔一郎に背を向けて、オレは人を掻き分け中庭から脱出した。
千歳が居ねーならこんなとこに用ねーよ、塔一郎が思ってただろう疑問への答えを頭ん中で呟く。
心のどっかで千歳がオレのこと待っててくれたりしねーかなとか思ってた、少女漫画の読み過ぎか!白馬の王子様が迎えに来てくれるはずって信じ込んでる夢見がち女子か!
運命は自分の手で切り開けよ!ただ待ってるだけで上手くいくなら苦労なんかしねんだよ!
自分で自分に突っ込みを入れながら早足で廊下を抜けて、階段の手すりに手をかけたとこでピタリと体の動きを止める。
何でオレ、んな夢見ちまってんだ?もしかして...

何だよマジかよ嘘だろ、
まさかオレ本気で千歳のことーーー

この世に生を受けて16年、誰かを好きになったことも当然あるし、彼女が居たことだってある。
でもこれまでこんなに必死になったことってあったか?こんなに一人の女の行動で一喜一憂したことなんか。
ぐちゃぐちゃに絡まってた感情の糸が解けてって、まっすぐ一本の線になる。その先に繋がるバカデカい千歳への恋情を唐突に自覚して急激に恥ずかしくなった。
やり場のない謎の羞恥心をぶつけるように3階分の階段を1段飛ばしで一気に駆け上る、集まる視線なんか御構い無しに。
顔が、身体が、やたら熱いのはそのせいだ。

「黒田君おかえり!なんか顔赤いよどうかした?」
「...別に何でもねーよ」

階段を登りきった勢いのまま、おもてなし喫茶に姿を変えた教室の前までずんずん進むと、入り口で客引きしているメイドが一人、よく千歳とつるんでるクラスの女に声を掛けられた。
顔が赤い?だからそのせいだっつの、ほっとけよ!

「千歳は?一緒じゃないの?」
「は、あいつまだ戻ってねーの?」
「うんまだ、おかしいなぁ...
 戻るって連絡来てから結構経つのに」

ほらこれ、ね?
とか言いながらそいつはポケットから携帯取り出して、オレに見えるように画面を水平に傾ける。
それを覗き込んで見てみれば、確かにそこには千歳の名前とこれから戻るの文字があった。受信時刻は15分前、これを中庭から送ったんだとしたらまだ戻ってきてないのはおかしい、あまりにも遅過ぎる。
塔一郎のたこ焼き屋台からここまでの道のりはさっきオレが通ってきたルートと同じだろうに、道中千歳を見かけてもねーし、どうなってんだ千歳どこ行った?

「ちょっと前に来た変なお客に千歳絡まれてなきゃ
 いいんだけど」
「っ、それ早く言えよ!」

嫌な予感と一緒にざぁっと血の気が引いていく。
何呑気なこと言ってんだ、こいつバカか!
持ってた看板押し付けて、気付けばオレは来た道を全力で引き返していた。
この胸騒ぎは気のせいだ、勘違いであってくれ。
喧騒の中を駆けるオレの耳にそれは届かず、
ただ煩く脈打つ心臓の音が響くだけだった。



モノクロ*ノーツ 18
運命は自分の手で切り開け / 2017.11.14

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