「鬼灯様ぁ、先にご飯食べない?
 お腹空いちゃったよー」
「シロさん、あなたさっき食べたばかりでしょう
 食べ過ぎですよ、用が終わるまで待ちなさい」

八大地獄に戻った鬼灯がその足で向かったのは閻魔庁図書室であった。
食欲そそる良い匂いが立ち込めている食堂を通り過ぎ、鬼灯は通路を更に真っ直ぐ迷いなく進んで行く。
犬の散歩の如く鬼灯を追尾していたシロは食堂の前で一度立ち止まりながらも、後ろ髪を引かれる思いで離れていく鬼灯の背を追った。
通路突き当たりの左手、図書室と掲げられた引き戸を開けて室内に足を踏み入れると、中には大量の書籍と巻物がびっしりと詰まった本棚が其処彼処に立ち並ぶ。
その本棚の側面や室内の壁面には何か奇妙な目玉風のオブジェが張り付いていて、地獄らしい気味の悪さを醸し出していた。
現世で言うところの防犯対策的な物なのか何なのか、もしかするとあの目玉一つ一つが機能していて
浄玻璃の鏡のように録画機能があるのかもしれないが、その辺りの真偽は定かでは無い。
これだけ沢山の棚があるのに陳列出来ず収まり切らない図書類も多々あって、棚の上に積み重ねられているものもあればダンボール入れられてそこに置かれたものもあり、調べ物をするときによく図書室を利用する鬼灯は目当てのものを中々見つけられず苛つくことも実はあったりなかったりしている。
時代物が多いが故に仕方がないにせよ、本は背表紙がないものが大半だし、巻物に至っては詰め込められ過ぎて何が何だかわからない。
利用者が物を探せば探すほど棚は乱れるし正しい位置に戻されないしで余計探し物は見つからない、所謂悪循環というやつである。

「八寒地獄のコーナーは...と...」
「鬼灯様、何探してるの?」
「先刻の春一さんの話、青鬼と巫女の伝説、でしたか
 絵本にでもなってるんじゃないかと思いましてね」
「そっかぁ、なるほどー」

広い図書室を見回しながら徘徊し、ひっそりと存在する八寒地獄関連書籍のコーナーを見つけて鬼灯はやっと歩を止めた。
鬼灯の背丈よりも高い本棚は、例に漏れずぎっちりと本が詰まっている。
背に指をかけて試しに本を一冊そこから引き抜いてみると空いたスペースは両隣の本に侵略されて、その本がどこに入っていたか分からなくなった。
加えて何故か八寒関連コーナーの本は全体的に白い、恐らくは八寒のイメージを連想させてのことだろうが似たような本ばかりが並ぶそこから目当ての一冊を探し出すのは骨が折れそうだ。
いっそ絵本になっていると信じて児童書のコーナーを探すべきでしょうか。
たまたま手にした本をぱらぱらと捲りながら鬼灯は鼻から一つ短いため息を吐く。

「暇つぶしにシロさんも何か読んでは?
 これなんかいいんじゃないですか、雪女物語
 漢字にルビが振ってありますし、
 きっとシロさんでも読めますよ」
「じゃあこれ読みながら待ってるね!」
「そうして下さい」

鬼灯が手にしていた雪女が表紙に描かれた本を咥えると、程のいい厄介払いとも気付かずにシロは読書コーナーへと去って行った。
その場に一人になった鬼灯は懐から取り出した襷で袖捲りをすると、本棚の書籍を取り出しては捲り、取り出しては捲り、虱潰しに目当ての本を探し始める。

「青鬼...青鬼...色鬼?
 これは八寒コーナーのものじゃないですね
 全く、読んだ本はあった所に戻せと何度言ったら...」

白系の本の中に紛れ込んだ白梅色した一冊の薄い本を手にして鬼灯は呟く。
明らかに八寒のものではない、見てもしょうがない本だと分かっているのに艶本のような装丁が気になったのか、鬼灯はそれを数頁流し読みしてから懐の中へしまい込む。
壁面の目玉だけが、その様子を捕らえていた。


*


「鬼灯様、終わった?」

そもそも八寒地獄関連書籍が少ないこともあってか、鬼灯の探し物は思いの外早く見つかった。
表紙に青鬼と巫女の伝説と書かれた古臭い本には春一が話した内容と概ね同様の話が記されていて、件の裏が取れたことに鬼灯は一先ず満足したようだ。
しかし地獄の鬼神・鬼灯は、気になったことがあれば徹底的に調べるタイプ、まだ何か気掛かりなことがあるらしく。

「図書室での用事は済みました
 次は記録課に行きます」
「鬼灯様、ご飯は!?」
「あぁ、そういえばそうでしたね
 まだ時間が掛かりそうですし、
 記録課まで付き合わなくても構いませんよ」
「えぇー...待ってたのにぃ...」

雪女物語の本をシロから預かって、ぎっちり詰まった本棚に押し込めながら鬼灯はしれっと言い放つ。
その衝撃でシロは大口を開け白目を剥いた。
ガーン!という効果音が目に見えるようなそれは鬼灯が折れるのに大変有効的で、がっくりと肩を落とすシロを見下ろしながら鬼灯はまた一つため息を漏らした。

「...はぁ、わかりました
 記録課に行くのは食堂に寄ってからにします」
「やったー!今日のオススメは何かな!?」



色鬼の氷結 壱ノ漆
閻魔庁図書室 / 2017.11.07

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