「おはよう、巻島くん!」
「...はよ」

教室に入るとすぐに真っ直ぐ窓際まで行って、私は彼に毎朝挨拶をした。最初は目も合わせてくれなかった巻島くんだったけど日を追う毎にだんだん目を合わせてくれるようになって、

「はよ」
「え、あっ、おはよう巻島くん!」

初めて挨拶をしてから約1ヶ月後、ついに彼から挨拶をしてくれるようになった。その頃には少し世間話だって出来るようになっていて、興味が無くて知らなかったけど、彼の口からよく聞く自転車部の眼鏡のちょっと格好良い感じの人が金城くん、大きい熊みたいな人が田所くんと言うらしい。
そのどちらかに気があるから私が声を掛けてくるんだと勘違いしている巻島くんは、彼らの名前を口にするたび私の様子を伺うような顔をする。
本人は気付いてないのかもしれないけど、その度に巻島くんの目が少し泳ぐんだ。
見た目から大人っぽくて落ち着いたタイプなんだろうなって思っていたけど実際の巻島くんはそんなことはなく、色恋沙汰を気にしながらも言葉にできない彼はまるで男子中学生みたいで、決して私の核心には触れてこなかった。
もしそれを聞いてくれたとしたら私が気になってるのは巻島くんだよって言えるのに、というか毎日わざわざ巻島くんのところまで行って挨拶しているのだから察してくれてもいいんじゃないかとすら私は思う、そういうところも彼の魅力なのだけど。
そんな私の思惑なんて知らない巻島くんは昨日からやけに機嫌が良くて、聞けば新しく自転車部に入った1年生がクライマーだった?とかなんとか、私にはよく意味が分からなかったけど、嬉しそうな巻島くんを見て私もなんだか嬉しくなった。
そんな顔をいつも側で見れたらいいのにな。

「巻島くーん!ばいばーい!」
「クハッ、んなデカい声張らなくても聞こえてるッショ
 じゃーな白崎」

その日の放課後、朝と帰りと欠かさず巻島くんに声を掛けていた私は彼が教室を出て行こうとする姿を見逃しはしなかった。
スキップにも似た軽い足取りで部活に向かうのだろう巻島くんは既に教室から半分身体を出していて、教室の真ん中にいた私はそこから彼にサヨナラをした。
長い髪の毛を揺らしながら振り返った巻島くんは口元に微笑を浮かべていて、ある程度話が出来るようになってから初めて知った巻島くんの独特の笑い方と口癖が耳に残る。
なんか一歩だけ彼の中に踏み込めたような気分になれたけど、それだけで満足しているのかと問われれば当然答えは否。
クラスメイトとしてじゃなく一人の女としてみて欲しいし、困ったようにも見える下がり眉のその笑顔を独占したい。一歩だなんて言わずもっと彼の心の奥まで、そこに住み着いてしまえたら、なんて思う私はどれだけ強欲になってしまったのか、胸の内に湧き出てくる何かを抑えきれず私は教室を飛び出して見えなくなった緑色を追いかけていた。
それを捕まえることが出来たのは巻島くんが下駄箱で靴を履き替えていたところで、爪先をトントンと床に叩きつけながら彼は私を見て目を丸くする。
さっきお別れを言ったばかりなのだから無理もない。しかも駆けてきた私が肩で息をしているのだから尚更に。

「っま、きしまくっ...私っ」
「...白崎?」
「あのっ...えと...」

勢いのまま彼の前に来てしまったけど、いざ言葉にしようと思うと喉の奥が乾いて声が出ない。昇降口から差し込む光を背負った巻島くんは不思議そうに首を傾げながら、上履きを下駄箱に収納するとバタンとその扉を閉めた。

「ま、また明日!」

結局私の口から出て来たのは他愛も無いいつもの挨拶、走ってここまで来ておいて何を言ってるんだと自分が情けなくなる。
背の高い棚に囲まれて巻島くんと擬似二人きり。後ろから騒がしい声が近づいてくる、言うなら今が
チャンスなのに。

「クハ、そんだけのために走ってきたのかよ
 何事かと思ったッショ、紛らわしいことすんなよなぁ
 また明日な白崎」

ぽん、と私の頭に触れて、巻島くんは私に背を向けた。
日に透ける緑が遠ざかってく、顔に熱が集まる私を残して。

「...巻島くん、また明日」

ぼそりと一人呟いた言葉は、自分への決意表面。
今日は無理だったけど明日なら
明日ならきっとーーー



サイハテ 06
また明日 / 2017.10.29

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