その場は何と無く沈黙に包まれ、木炭が焼け落ちてカタン小さく鳴る音が高い天井に響いた。
囲炉裏の上で煮えるやかんからひたすら湯気が上がるのを傍目で確認しながら、暖かいものを食べたせいか部屋が暑過ぎるせいか、着物の表面は乾いたというのに今度は着物の内側が汗で湿りはじめ、鬼灯は不快感に顔を歪める。
雪国の人は必要以上に部屋を暖める傾向がある、暖房費の無駄遣いですね、経費削減案を出しましょう。
なんて考えているだけとはつゆ知らず、鬼灯の眉間の皺に気付いた春一は伝説についての記憶を懸命に手繰り寄せていた。
下手に創作なんてしようものなら、なまはげの包丁で捌かれる、鬼灯様ならやりかねないよぅ...
内心震える春一は、まな板の上の鯉になった気分であった。
そこに何かがあるのかと錯覚するような手振りをしながら、どうにか頭の中でストーリーを組み立て終わった春一はゆっくりと話し出す。

「えーと確か、こういう話だったと...」

*

昔昔、まだ現世に鬼が住んでいた時代の話。
それはもう恐ろしい青鬼が、とある山奥に住んでいた。
頭に一本角を生やした青黒い肌の鬼は人の2倍はあろうかという体躯に土砂崩れさえ物ともしない強固な肉体を持っていた。加えて素手でなぎ倒した木々を振り回す怪力は圧倒的で、腹を空かしては人里に下りてくる鬼に、人々は恐怖で震えることしか出来ずに不安な日々を過ごしていた。
そんな折、里を治める長のもとに娘が産まれ、偶然か必然か、娘が産まれたその日から何故か青鬼が里に姿を現すこともなくなり、里に平和が訪れた。
瞬く間に神が遣わした娘だという噂が里中に知れ渡り、里を守る象徴として崇められるようになったその娘は加護の巫女として育てられることになったのだった。

青鬼が再び姿を表すこともないまま時は流れ、巫女は賢く美しく育った。
巫女が齢17歳を迎えたその夜のこと、平和の象徴である巫女の生誕を祝う宴で賑わう里に招かざる客が現れた。
平和に慣れた人々は猛威を振るう青鬼に身動ぐことも出来ずに里の神殿に匿われていた守護の巫女を残してみな殺され、青鬼は里の全てと巫女を手に入れた。
青鬼は巫女を自分の妻として、加護を得た青鬼はそのままそこで暮らし始めたそうな。

「...で、それがこれとどう似てるんですか」
「話にはまだ続きがあるんだよぅ」

里の壊滅から幾月が過ぎ、囚われた巫女は一人の女の子を産んだ。
生まれ落ちた子は見た目は人間、しかし小さいながら頭に一本角を生やした子供であった。
化け物を産んでしまったと嘆く巫女は、生まれたての赤ん坊を抱えて神殿を飛び出し山の麓の湖に子供共々身を投げた。
鬼を、世界を、全てを呪いながら死に行く巫女の想いは氷となって湖も山も里も凍て付かせ、そうして氷漬けとなった世が、この八寒地獄となったのだ。

*

「...っていう八寒発祥の伝説だよぅ」

長々と語り終えた春一は囲炉裏の框に置いていた湯呑みを手にすると、それを一口飲んでほっと一息吐いた。
珍しくやり切って充実感に満たされた春一は表情明るく鬼灯を見る。
が、鬼灯はどうも煮え切らない面持ちで硬く腕組み裏前に鎮座していた。

「昔話にありがちなモヤッと感を感じますね...
 そこそこ発展した人の世が地獄より先に
 あるわけないじゃないですか」
「そんなマジ顔で言われても...
 オレが考えたわけじゃないし...」
「色々突っ込みたい事はありますがまぁいいでしょう
 その伝説の登場人物だと仮定して
 この人はどっちでしょうね」
「どっちって?」
「巫女のほうか、子供のほうか、ですよ」
「角あるし子供じゃねぇ?」
「でも年齢的には巫女ですよ
 子供のほうは赤ん坊のままのはずですし」

変なところをやたら気にするタイプの鬼灯は、いつもの無表情のまま首を傾げる。
角があるし子供の方だって言うなら、なんで今大人の姿になってるんでしょうか、設定が甘過ぎません?と、つらつら語る鬼灯の横で座布団に伏せるシロは満腹感と暖かさと長い話が相まってか、夢の世界へ旅立ちそうになっていた。
更に重箱の隅を箸でつつくようにあれやこれやと矛盾点なり疑問点なりを話し続ける鬼灯、それをただただ聞くしかない春一の目は死んだ魚のようである。

「どっちでもいい...掘り下げんなよぅ...」
「すみません、つい気になって
 あ、もうこんな時間ですか、
 私は仕事がありますので八大に戻ります」
「ちょっ、あの女どうするんだよぅ!?」
「八寒で見つかったんですから八寒の管轄でしょう
 私は調べに来ただけですから、お任せします」
「まじか...」
「何かあれば連絡して下さい
 では失礼します、行きますよシロさん」
「っは!鬼灯様、待ってー!じゃあまたね春一さん!」

語る口を止めること無く鬼灯は懐から取り出した懐中時計を一瞥すると、すくりと立ち上がってさも当然のようにそう言い残して囲炉裏に背を向けた。
着物を着崩さない程度に大股で、すたすたと出口に向かっていく鬼灯のあとを寝惚け眼のシロが追っていく。
あんぐりと口を開けたままの春一だけがそこに残され、再び沈黙した部屋の中でパチパチと炭が燃える音がした。

「...まじか」

本日何度目になるかわからないその言葉を呟いた春一がその場から動けるようになるのは、もう数刻先の話。



色鬼の氷結 壱ノ陸
非論理的伝承 / 2017.10.27

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