目の前に停まった車両に乗って二駅、動きを止めた電車から降りて扉とホームの隙間を飛び越え白線を踏みしめた。
荒北さんが利用するこの駅は、私が毎日使う駅の一駅手前。普段は見るだけで通り過ぎてしまうこの駅に舞い降りたのはいつ振りだろうと考えている間に荒北さんは慣れた様子で改札を目指して進んでいく。
後ろから見る荒北さんの大きな背中は少し猫背で長い脚は少しがに股、襟足に隠れた首を細長い指で掻いていて、そんな些細な仕草にすらどきどきと私の心臓は脈打った。
改札への階段を降りながら荒北さんは私を振り返ると、落ちんなよ白崎チャン、なんて言って笑う。切れ長のその目の中に私が映っているのが嬉しくて、落ちるわけないじゃないですかと答えた私は言葉に反して破顔していただろう。
私の数歩先を行く荒北さんはゆっくりとした足取りで私と荒北さんの距離は変わらない、私の歩行速度に合わせてくれてるのかなって思うとまた顔がにやけてくる。
歩きながらふと横を見たらガラスの窓にふにゃふにゃと顔緩ませる私が映ってて、慌ててだらしないその頬をつねった。
あぁどうか今荒北さんが私を振り返りませんように。
せめてこの顔が元に戻るまでーーー

改札を通り抜けて開けた道の先に、荒北さんが目指しているのだろうファミリーレストランの看板が見えた。
真っ直ぐとそこへ向かって行ってガラス壁の前に立つと滑らかに自動扉が開いて、流れ出てきたひんやり冷たい空気が心地良かった。その中に足を踏み入れると独特の入店音が店内に響く。

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「2人、禁煙席で」

夕食にはまだ早い時間だからかお客さんの姿は疎らで、お好きな席にどうぞと言われたものの、どこに座ったらいいのか分からず店内を見渡しながら挙動不振になる私をよそに、荒北さんは迷いなく角の窓際のソファ席に移動するとそこに腰掛けた。
学校帰りにこういうところに寄るのは初めてだし、さらに言えばファミリーレストランっていうのに来るのも片手で数えられるほどの私は、そわそわしながら荒北さんの後を追って荒北さんの正面の席につく。
荒北さんと2人で飲食店に来るようなことになるとは数十分前の私だったら想像すら出来なかっただろう。なんだかちょっとデートみたいだなぁ、なんて思考が頭をよぎったりして、いやいや目的は勉強だから!と自分を内心嗜めつつメニューを眺める荒北さんを見た。
そういえば真正面から荒北さんをまじまじ見るのは
初めてかもしれない。さっきの後ろ姿といい、今の荒北さんといい、今日は色んな角度から荒北さんが見られてすごく新鮮だなぁ、いつも横から見てたから。
というかそもそも恥ずかしくて荒北さんをじっくり見たことなんてなかったなって、荒北さんがメニューに釘付けなのをいいことに私は荒北さんの顔を見つめてた。
前から思ってたけど荒北さんって睫毛が長い、下手したら私よりも長いかも。

「...白崎チャン、どこ見てんのォ」
「へぁっ!?
 どっ...えっと、あ、これ!これ見てましたっ
 あつあつアップルパイバニラアイス乗せ!」

荒北さんとバチッと目が合って、私は咄嗟にメニューへ視線を落とす。そこに描かれていたのは甘く美味しそうなスイーツたちで一番に目に付いたそれを指差した。
こんな誤魔化しかた苦しかったかな、急に顔上げないで下さい荒北さん...

「ッハ!白崎チャンもアップルパイ好きなのォ?」
「も?」
「それ高校ンときツレがよく食ってたんだよねェ
 んじゃそれ勉強終わったら奢ってやんよ、ご褒美に」
「えっ、そんな、悪いです...」
「気にすんなよ、そもそもオレが誘ったんだし
 白崎チャンは素直にオニーサンに甘えとけばいいのォ
 その代わりしっかり勉強しろヨ?」

呼び出しボタンを押しながらニカッと微笑む荒北さんは私の心臓に悪い。
歯切れ悪く、はい、とだけしか答えられなかった私は、こんなに胸が苦しい状態で勉強なんて出来るんだろうか。なんだか自信がなくなってきた...



AとJK 4-4
あつあつアップルパイ / 2017.10.26

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