「お帰りなさいませ、ご主人さ...わっ!
 なんか大きいと思ったら葦木場くんだー」

学園祭が始まって一刻、カフェ風に改造された教室の中は外部からの客もちらほら見えて、それなりに賑わっている。
オレは看板執事らしく給仕に精を出していて、バタバタと教室内を東奔西走していた。せっかくこの猫耳も千歳のお陰で割り切れてたのに、さっき起きた出来事でオレの虫の居所はまた悪くなっている。
眉間に皺を寄せながら机を拭いていたそんな折、チリンと鳴った入り口の鈴の音に頭をあげて音源を見やると、そこにはやたら大きな壁のような人が居た。
オレンジ色の髪の毛をしたそいつは服装こそ見慣れない小洒落た和装をしているものの、浮かべた柔らかい笑みは見慣れているあいつそのもので、頭をぶつけないようにお辞儀をしながら店の敷居を跨ぐ。
それを出迎えるように駆け寄るは猫耳メイド、さらさら揺れるツインテールが新鮮でつい目で追っちまうんだ。

「えへー、遊びに来ちゃった」
「格好いい服着てるね葦木場くん、
 クラスの出し物って確か...?」
「和装写真館だよー」
「書生さん似合ってる!
 でもやっぱちょっと丈が短い...?」
「これでも一番つんつるてんにならないのに
 したんだよ?」
「大きいって大変だね...」
「うん...それにしても千歳ちゃん
 今日は一層かわいいね!」
「ありがとー、あ、黒田ならあそこに、黒田ー!」

現れた葦木場と千歳の会話に聞き耳を立てながら、普段は勉強机として使われている木の板を入念に拭きあげる。
オレが言えなかった言葉をあっさりと言い放つ葦木場に若干の嫉妬を覚えつつ、千歳に呼ばれて再び顔を上げると、扉の前で並ぶ2人がオレに手を振っていた。
手元の作業を終わらせて2人のもとへ、その先に見ゆるは猫耳メイドと書生の格好した巨人、そのミスマッチさがなんとも言えねー絵面だな。

「あ?んだよ葦木場か」
「うわぁユキちゃん黒猫執事だ!
 って、なんか機嫌悪いね?」
「さっき先輩たちが来てちょっと...ね...」
「そうなんだ...似合うよユキちゃん!」
「似合ってたまるかよ!」

そう、事は10分ほど前の話だ。
頭の違和感にも慣れ執事になりきって接客していたオレはふと背後から刺さるような視線を感じた。
んなに猫耳が珍しいかよ、と思いながら視線の源であるその卓を振り返ると、そこにはチャリ部の先輩が4人、うち3人が肩を震わせながらそこ居た。
なんでアンタ達がここに!とは流石に言えなかった、というか荒北さんの笑い声にかき消されたが正しいんだが、ケーキセットを頼んでくれた先輩たちはティータイムが終わるまできっちりオレの猫耳を弄り倒してくれたというわけだ。
最後の良心・福富さんが笑わなかったことだけは心の救い。だけどそれはオレの猫耳がどうのというより単に鉄仮面だからなのかもしれない。
まぁそんなことがあれば心も荒むのは致し方ないだろ、悪いのは荒北さんだ。文句言うなら荒北さんに言えっつーの。

「千歳ちゃん、写真撮ろ写真!」
「うんいいよ、やさぐれ黒田、撮ってー」
「はぁ?働けよ千歳」
「あ、ねぇユキちゃんも一緒に、」
「はいはいはい、撮るぞー」

ぶっすりと顔を顰めるオレなんかお構い無しに、学園祭を謳歌する浮かれポンチ2人はどうやら写真を撮りたい様子でこちらを見てくる。
一緒になんて冗談じゃねー、絶対それ先輩たちに見せるヤツだろ、ぜってーやだ、断固拒否だ。
それならカメラマンしたほうが断然マシ、オレは千歳から携帯を奪い取って2人から距離を取った。

「葦木場ぁ!もっと屈まねーとフレームに入んねーよ」
「えぇ...オレ結構限界だよユキちゃん...
 あ!そうだ!」
「っひゃわぁっ!」
「これならばっちりじゃない?」
「あはっ、すごい!高ーい!」

フレームに入らないとは言った。
だからって千歳を抱き上げろとは言ってねぇ、何だよそれイケメンか、姫迎えに来た王子か!
でかい葦木場に姫抱っこされる千歳は華奢で小さく見える。なんか男として負けた気しかしねぇ、オレだって千歳と写真撮ったはずなのに。

「千歳ちゃん軽いなぁ、ちゃんと食べてる?」
「食べてるよー、はい、葦木場くんもぴーす」
「ピースしたら千歳ちゃん落っことしちゃうよぉ」
「あ、そっか、黒田撮ってー」

そういう関係じゃないってわかってるし、あいつらが仲良いのは今に始まったことじゃない。わかっててもその密着ぶりを見ていると胸ん中が焼けるように熱い。
千歳葦木場の首に手ぇ回すな近い!葦木場も葦木場で考えろ、んな格好したら短いスカートの中身が見えんだろが、どうせ抱き上げんならスカートしっかり押さえとけ!

「...撮った、もういいだろ働け千歳」
「えっいつ、ほんとに撮った?」
「撮ったっつってんだろ、自分で確認しろよ」
「わっ、わっ、人の携帯投げるなバカ!」

嫉妬ばかりがオレの中を支配して、心だけでなく顔も歪んでんのが自分でも分かる。それを隠すように地面に降り立った千歳に携帯投げつけて、オレは2人に背を向けた。
すみません、と卓の客に声掛けられて、無視してやりたい気分なのにオレは作り笑いでそれに応えた。
黒猫執事を演じてれば現実は忘れられるだなんて皮肉、オレは空いた皿を腕に乗せて出来る執事のフリをする。
千歳の姿はもう追わない。
そう思いながらオレはひたすら働くのだった。



モノクロ*ノーツ 16
何だよそれイケメンか! / 2017.10.25

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