手渡されたテキストを握り締めたまま固まること数十秒、私はぽっかり口を開けたまま、隣の荒北さんを呆然と見つめていた。
7月に入って暑さが増し、特に今日は雲ひとつなく空は晴れ渡り梅雨がまだ開けてないなんて信じられないくらいに暑くて、1日かけてしっかり汗をかいたのは言うまでもない。
もちろん今だって肌にはじんわりと汗が滲んでる、暑さからだけではない別の意味でも。
突然のことに色々と準備不足なのは否めなくて、荒北さんに会えたことはすごく嬉しいんだけど、あぁっ!さっきから感じてた視線はもしかして荒北さんのものだったのかな、どうしよう私何か変な顔とかしてたかも...
怒涛の勢いで巡る思いはいわゆるパニックとかいうやつで、ろくにお礼も言えずにあわあわと間抜けな声を上げる私の心中を察してか、

「チャリメンテ中なんだヨ、だから今日は電車ァ」

微笑みを顔に残したまま荒北さんはそう言って、膝の上に肘をつく荒北さんの真っ黒な半袖Tシャツから伸びる筋張った腕が男らしくて格好いい。
なんて思いながら、そういうことだったのかと理解したら気分は少し落ち着いてきた。
今日は晴れているけど荒北さんの自転車はメンテナンス中で、電車に乗るために荒北さんは今ここに居る。
そうだよね、そういう日もあるよね、晴れの日に電車に乗っちゃいけないわけじゃないんだし。雨の日しか会えないって私が勝手に思い込んでいただけだ。

「荒北さん、お久し振りです
 びっくりしました、今日雨じゃないから
 お会い出来ると思ってなくて...」

テキスト拾って下さってありがとうございます、とも付け加えて、私は荒北さんににっこりと笑顔を向けた。実際のところちゃんと笑えていたかはわからないけど。

「ごめんねェ、ビックリさせて
 あんまりにも白崎チャンがオレに気付かねェから
 いつ気付くかなって待ってたんだヨ」
「えっ!?いつから!?」
「白崎チャン、ンなでけェ声出せんのな...
 つっても5分10分くらいじゃねーかなァ
 中々おもしれー顔してたぜ白崎チャン」

せっかく落ち着いてきたっていうのに、荒北さんの言葉に私はまたプチパニックになる。
悪い予感は的中した、やっぱり私、変な顔してたんだ!
さぁっと血の気が引いていく、荒北さんの前でくらい可愛い女の子でいたかった...
己の失態にがっくりと肩を落とす私をよそに、荒北さんはくつくつと喉を鳴らして笑ってた。もう駅で数学の勉強なんかしない。私は固く心に誓うのだった。

「もっと早く声かけて欲しかったです...」
「オレァそれなりに存在アピールしてた
 つもりだけどォ?」
「それでもですよ!」

荒北さんは意地悪な笑みを浮かべて私を見てる。私は怒ったふりをして、荒北さんから顔を背けた。
実際は変な顔を見られて恥ずかしいのが4割、荒北さんの笑顔が心臓に悪くて見てられないのが5割、残りの1割が早く声を掛けてくれなかった憤り。

「ッハ!ンな怒んなって白崎チャァン
 どの問題見て百面相してたのォ?
 教えてやっから機嫌直してヨ」

子供っぽい私の行動に呆れるでもなく、荒北さんは宥めるような優しい声で私の名を呼ぶ。
ゆっくりと背けた顔を荒北さんのほうへ戻して行くと、私を伺うように覗き込む荒北さんの瞳と目が合った。
ーーーずるいなぁ、荒北さん。
まるで私がこの瞳に弱いの知ってるみたいだ。

「...これです」
「ン、結構難しいのやってんのな...
 白崎チャン、今日これから時間あるゥ?」
「え?はい、大丈夫です、けど...」

パラパラとテキストをめくって件のページを差し出すと、荒北さんはそれを見て一瞬押し黙る。それからパッと顔を上げた荒北さんからの謎の問いかけに疑問符を頭に浮かべながら返事を返すと、荒北さんはさらりと私に爆弾を落としていった。

「ちょっとファミレスでも行かね?小腹も空いたし
 勉強見てやんよ、役に立つかはわかんねーけど」

反対側のホームに停まっていた電車がゆっくりと動き出す、私の中の恋心も一緒に加速してくみたいに。



AとJK 4-3
意地悪な笑顔 / 2017.10.17

←4-24-4→
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -