八寒地獄の本部は、現世でいうところの白川郷にあるような合掌造りの茅葺きの家屋、それにかまくらやイグルーが立ち並ぶ統一性のない集落のようになっている。
それなりに人の行き交う雪道は硬く踏みしめられて滑りやすくなっていて、雪に慣れていない鬼灯とシロは少し気を抜けば視界は一変、尻餅をついてしまいそうになるその道を慎重に歩かざるを得なかった。
そんなことは御構い無しに半裸の春一はすたすたと先を行く。何故半裸なのかと周囲から視線を浴びていることも彼の歩みを緩める理由にはならない。
真っ白な世界の中で一際目立つ全体的に黒っぽい八大の鬼神と、その鬼神に抱えられた謎の女性、半裸の雪鬼に、小さいシロクマのようなイヌという珍妙な鬼灯御一行は好奇な視線に晒されながらまっすぐに一番大きな茅葺の家屋を目指して進んで行った。

扉を開けると中は別世界のように暖かく、むわっとした熱気で身体の上に積もっていた雪は一瞬にして溶け衣服を濡らした。
多少なり雪を払ってから入るべきだったと後悔する鬼灯の隣で、全身の毛がしっとり濡れたシロは身体をブルブルと震わせてその水分を撒き散らす。
飛び散った水滴がまた鬼灯を濡らして、鬼灯はどんよりとした目でシロを見下ろすが、囲炉裏めがけて猪突猛進する白塊と化したシロに効果はなかった。
囲炉裏の中ではパチパチと音を立てながら炭が燃えている。その周りで串に刺さった棒状の米の塊がいい具合に焼けて香ばしい香りを部屋中に撒き散らしていた。
暖をとりにいったはずのシロは既にそれに釘付けで、垂れる涎はまるで氷柱のようだった。
そんなシロのことはさて置き一方の鬼灯はというと、出入り口付近に飾られたナマハゲの衣装をまじまじと見ている。
衣装というよりは手入れの行き届いたナマハゲの大きな包丁を見ているが正解で、光り輝く刃先に魅入られ恐らく何か物騒なことを考えている鬼灯の表情は怪しい。
抱えていた女性は駆け寄ってきた八寒の獄卒達に預けて、そちらを一瞥することもなく鬼灯はその包丁に手を伸ばした。

「これで怠けている悪い子の皮を剥ぐんですよねぇ...」

不穏に呟かれた鬼灯の言葉を聞いてしまった春一の身体の芯は、室内の暖かさに反して心底凍てついたそうな。

*

「仮死状態のまま凍ってたみたいで
 一応生きてるみたいだよぅ」

別室に連れて行かれた女性を慌てて追って行った春一が戻ってきた頃には、囲炉裏にあったはずのきりたんぽは棒だけ残して跡形もなく消えていた。
食べ尽くした犯人は言うまでもなく、腹が膨れて更に丸くなった白い毛皮は座布団の上に横たわる。

「そうですか、見たところ亡者でなく鬼みたいですね
 なんでまたこんなところに」
「まるで青鬼と巫女の伝説みたいだよなぁ」
「青鬼と巫女の伝説?」

囲炉裏の前で正座して茶を啜っていた鬼灯の隣に春一がよいしょと腰掛けて火箸を手にすると、灰の中をつつき回して灰の中から葉に包まれた何かを掘り出した。
火箸でつまみあげた葉の包みを開けると中にはおやきが、春一はほかほかと暖かいそれに齧り付く。

「はふっ、知らねーのかよぅ?
 八寒では有名な話だけど」
「シロさん聞いたことありますか?」
「んーん!知らない!」

おやきの香りに誘われていつの間にか身を起こしていたシロは、鬼灯の問い賭けに即答すると物欲しそうに囲炉裏の灰と鬼灯を交互に見つめた。
まだ食べるんですか太りますよと、もしここで言ったところでもう遅いでしょうね。
鬼灯はそう思いつつシロに憐憫な眼差しを向けながらも灰の中から一つ二つと丸まった葉を掘り出していく。
待ちきれないシロの尻尾が大きく左右に揺れるその横で鬼灯は葉の中からおやきを取り出して春一に尋ねた。

「春一さん、
 どういう伝説か詳しく教えてもらえますか」



色鬼の氷結 壱ノ伍
囲炉裏談義 / 2017.10.15

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