「...なぁこれ、なんでオレだけ?」

急ごしらえで設置された姿見の前に立って鏡の中の自分を見る。身に纏うは黒の燕尾、いわゆる執事服ってやつを渡されてそれに袖を通したのはいいものの、普通執事はこんなんつけねーだろってモンがオレの頭の上に乗っていた。

「ぶはっ!似合ってんじゃん!
 お前はうちのクラスの看板執事だからな、胸張れよ」
「んで看板執事が猫耳だよ、
 恥ずくて胸なんか張れねーよ!」

同じ衣装を着たクラスメイトに紛れても一際目立つ黒の猫耳、これを今日一日ずっとつけとけってそれ、もはや罰ゲームじゃねーか。
インハイが終わった後の夏休みは、それぞれの胸の中に痛みを残しながらも恙無く過ぎ去った。9月に入るとこれまでの暑さが嘘だったみたいに過ごしやすい気候に変わって、秋めいてきたこの箱根学園では本日学園祭が開催される。
うちのクラスの出し物はおもてなしカフェ、だからオレはこんな格好をさせられているわけだが、はっきり言って不本意である。
というかこの状況を喜べるヤツがいるってんなら多分そいつは変人か変態か、はたまた人じゃない別の何かだ。
執事服はまぁいい、そゆ衣装だと割り切ればなんのことはない。問題は頭のこれだ。
全員がつけるっていうんなら諦めもつくってのに何が看板執事だ、オレはどこぞの宿の看板猫じゃねーんだぞ!

「わっは、なにそれ、黒猫田?似合わなっ...あはは!」

理不尽な猫耳着用義務に絶賛不機嫌なオレが同じ執事服の連中にもまれていると、背後から千歳の笑い声がした。笑うと思った、そゆヤツだよお前は...

「るせっ!笑うな、よ...」

怒声と一緒に勢いよく振り返ると、パーテーションの影から現れた千歳はオレを指差しながら笑ってた。
それだけだったらいつもみたいに口論が始まるとこだが、今日のオレはそこから言葉が出て来ずに、開いた口がそのままになる。
なおも笑い続ける千歳の長い黒髪は耳の上で二つに括られて、着用した黒ベースのワンピースは胸元と袖だけ白い。腰に巻かれたフリル満載の白エプロンは実用性のなさそうな小ささで、視線を下に持っていくとえらく丈の短いスカートと黒いニーソの間に十数センチの肌色があった。
女子の制服はメイド服だとは聞いてたが、実物を見ると言葉が出ない。んだその胸強調するみたいな、つーか足、スカート丈短過ぎんだろ...

「なに黒田、私に見惚れた?」
「ばっ、調子乗んな!馬子にも衣装て思っただけだ!」

新学期が始まってすぐ席替えをして、隣の席だった前と打って変わってオレは廊下側後ろ、千歳は窓側の前という対角線の位置どりになって以来、俺たちは教室内での関わりがなくなっていた。
インハイ後の件もあって近寄りがたかったっていうのも一つの理由ではあったが、同じ空間にいるのに千歳と別の時間を過ごしてきたオレにとって今のこの千歳との距離感は久々の接触というかなんというか、そりゃ部活では顔合わせてっけどチャリの話しかしねーし、なのにお前こんな格好、オレが変に緊張しちまうのも無理ねーよ。
そんなオレにお構いなしにどこまでもイベント好きな千歳は妙にテンション高く、ニヤニヤと笑いながらオレににじり寄ってくる。

「にゃーって言ってみてよ、にゃーって」
「言うかよバカ、お前こそご主人様って言えよ」
「やだよ、なんで黒田なんかに」

なんてやりとりをしながら千歳はオレを見上げて悪戯に笑む。その後ろからじわりじわりと近付く人影、オレは黙ってそれを見ていた。
その手にある白い例のモノに気付いていたから。

「看板メイドにもプレゼントフォーユー!」
「んにゃっ!ちょ、なに!?まさか...」
「ナイス白黒コンビ!」

ずぼっと勢いよく千歳の頭に装着されたのはオレと色違いの白い猫耳、千歳はそれに触れるとさっきまでの表情から一変して絶望の淵にいるみたいな顔になった。
猫耳が嫌なのか、オレと揃いなのが嫌なのか。出来たら理由は前者であってくれ。

「は、はめられた...」
「はっ、人笑うからそうなんだよ、ザマミロ」
「黒田も猫耳のくせに!」
「お前もだろ、鏡見ろよ」
「うぐぅ...」

どうやら猫耳着用の件はクラスぐるみで行われた策略だったようで、当事者のオレら2人を除いたクラスメイトはまだ学園祭は始まってないというに、やたら盛り上がっている。
ここにきてまた纏わり付いてくる白黒コンビの称号に何とも言えずお互いの顔を見合わせながら、2人同時にハァと深くため息を吐いたが、残念ながら現状を嘆いている暇なんか与えてくれるわけもなく。

「お二人さん並んで!はいっチーズ!」
「なっ、勝手に撮ってんじゃねーよ!」
「...もうこうなったら仕方ない、腹くくろ」
「はぁ!?ちょ、離せバカ、」
「どうせ逃れられないなら楽しまなきゃ損だよ黒田!」
「おま...切り替えはえーよ...」

浮かれた奴らに囲まれて、逃げ道は封じられた。
向けられたカメラから聞こえるシャッター音、こんな姿が形として残るなんて冗談じゃねーのに、隣の白猫は手のひら返してカメラに笑顔を向ける。
お前さっきまでの絶望顔どこやった...
んでこんなとこで腹くくらなきゃなんねんだよ、誰得だよ!と思うのに、いつの間にかオレの腕に絡みついた柔っこい感触に、そんな思いはかき消された。
合法密着公式2ショット、これなら猫耳も悪かねーよ。



モノクロ*ノーツ 14
馬子にも衣装 / 2017.10.13

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