重苦しい空気に包まれた終始無言の車内で2時間と少し、バスのエンジン音と車がすれ違う音だけが耳朶をなぶるなか、ぼんやりと車窓を流れる景色を眺める。
青かった空はだんだんと赤みを増して、バスが目的地に到着した頃にはすっかり日は暮れていた。
箱根学園と大きく書かれた中型バスから次々と降りていく部員に混ざって私もアスファルトに降り立って、腕を組み仁王立ちする監督の前に綺麗に横一列に並ぶその端に私も身を連ねる。
明日は休養日なので各自身体を休めるようにと解散の号令を受け、ばらばらと散らばっていく部員たちの長い影を見送って、私は何か用があるでもないのに何故か寮とは逆方向の部室へと向かっていた。
ゆっくりと引き戸を開けて薄暗い部屋に入ると、オイルと汗とが混ざり合った自転車部独特の匂いがした。
たった3日離れていただけなのに、嗅ぎ慣れたその匂いでひどく懐かしい気持ちになる。
扉の横のスイッチを押せば蛍光灯が煌々と私を照らし、一人ぼっちの部室はシンと静まり返っていて、ひぐらしの鳴き声ばかりが耳につく。
カナカナと鳴くそれが物悲しく哀愁を漂わせているように感じるのは私の胸の痛みがまだ消えていないからなんだろうか、抑えていた涙が今ごろになって頬を伝った。
涙も見せず気丈に振る舞い、私に微笑んでありがとうと言ってくれた先輩たちを想えば想うほど心が痛い。
私が泣いたって仕方がないのはわかってる。
だけど悲しくて悔しくてどうしようもなく、私は声を押し殺してひたすら涙を流し続けた。

「...なにやってんだよこんなとこで
 みんなもう帰っちまったぞ」

一向に枯れない涙で部室の床を濡らしていると、急に背後から声が聞こえた。息を飲んで振り返るとそこには銀髪のあいつが居て、私を真っ直ぐ見つめる薄墨の瞳と目が合った。

「黒、田、」
「んでお前が泣いてんだよ」

あんたには関係ないでしょ!
そう言おうとしたはずなのに、しゃくる喉からうまく声が出なかった。
こんなとこ、黒田に見られたくない。
頬を拭って必死に涙を止めようとするけど、目の奥から溢れる水分は尽きることを知らなくて、そうしている間に黒田がじわりと距離を詰めてくる。
こっち来ないで、見るなバカ!
それも声にならず黒田をキッと睨みつけるように見上げると、黒田の指が私に触れた。冷たい指先が頬をなぞって、黒田も眉を下げて少し泣きそうな、でも優しい眼差しで私を見ている。
ねぇなんであんたがそんな顔するの?いつもみたいに人を小馬鹿にするみたいな顔しないの、どうして...

「だって、あんな...あんなに頑張っ...
 悔しいのは先輩たちなのにっ...
 あの人たち泣かないから...!」

その瞳にほだされて思わず本音が漏れてしまって、途切れ途切れになった言葉と一緒に水滴がまた、ぽたりと床に落ちていく。

「だから代わりにお前が泣く、ってか?」
「っそ、だよ、悪いっ...?」
「しょうがねぇから胸貸してやるよ」

触れてた指が私の後頭部を掴んで、ぐいと黒田のほうへと引き寄せられた。涙が黒田のジャージに吸い込まれてって、うっすらと染みを作る。
訳もわからないまま私は黒田の腕の中、じわりと伝わる体温と黒田の匂いが不思議と私の心を落ち着かせた。
黒田なんて、嫌いなはずなのにーーー

「...ねぇ黒田、来年は...来年は、勝ってよ絶対」
「おー勝ってやるよ、絶対」

背中のジャージを握り締め、私は黒田に身体を預ける。
そのままじっと、涙が枯れ果てるまで。



モノクロ*ノーツ 13
触れ合う微熱 / 2017.09.23

←1214→
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -