「うわぁー、綺麗な人だね鬼灯様!」

春一とシロの苦労の甲斐もあり、やたら大きい氷壁は本来のスケスケ感を取り戻した。
その頃には髪の毛も、睫毛や眉毛すら霜に覆われて、作業を見ていただけにも関わらず、鬼灯は若干不機嫌そうである。
口こそ開いてないものの、目は口ほどに物を言う。
こんなに待たせやがって、と言わんばかりの眼光から春一は氷塊を見るふりをして目を逸らしていた。
大きく尻尾を振りながら氷漬けの女を見るシロは、氷塊の周りをぐるぐると落ち着きなく走り回る。
結論から言うと、噂の通り八寒地獄の湖に氷漬けの女は実在した。それも鬼灯を不機嫌にさせている要因の一つなのは言うまでもない。
春一が言っていた通り、長襦袢を一枚だけ身に纏った氷漬けの女は、棺の中で眠る若くして亡くなった美女というようなイメージを彷彿させる。
氷の中で静かに眠るその姿は見目麗しく、絹糸のような漆黒の長髪に透き通る白い肌、まるで和製白雪姫。
ーーーだからといって鬼灯の機嫌が直るわけもなく。
中身がどんな姿であれ、鬼灯にとっては厄介事が増えただけ。鬼灯が大きく溜息を吐くと、それは白く変化して空中に飛散していった。

「本当に居ましたね...どうしましょうか、
 このままにしておくわけにもいかないですし」
「疑ってたのかよぅ!
 このまま引きずって本部まで持っていくんなら
 クマ呼ぶか?」
「私は実際に見たものしか信じない主義です
 このままだと重くないですか?
 中身だけ連れて帰りましょう」
「でも鬼灯様、どうやって氷の中から出すの?」
「こうするんです、よ!」

「「 ウワァァァア!!」」

何処からともなく金棒を取り出して、鬼灯は氷塊に
向かってそれをフルスイングした。
広大な摩訶鉢特摩全土に響き渡ったのではない思うほど大きな音を立てて、無数に生えた鉄の棘が
氷壁に突き刺さる。
鬼灯の問答無用で容赦のない非人道的なその行為に春一とシロは絶叫せざるを得なかった。

「そんなことして大丈夫なのかよぅ!
 中身まで割れたりしたら...!」

慌てふためく春一をよそに、当の鬼灯は涼しい顔をして事の成り行きを見守っている。
ビキビキと音を立てながら氷に亀裂が入っていく、
割れ目が中の女に近付いていくにつれて、シロの身体の震えも大きくなっていた。
もう見てらんないよー!とシロが頭を抱えるようにして雪原に伏せった瞬間、亀裂は放射状に一気に広がって上手い具合に女だけ残して砕け散った。
直立していた彼女もまたぐらりと揺れて雪原に倒れ、氷壁が無くなったことで再び猛吹雪が鬼灯達を襲う。

「ふぅ...そこまで考えていませんでした
 まぁ結果オーライということで
 私が運びますので、春一さん脱いで下さい」
「えっ」

視界はまた一寸先も見えない真っ白な世界に包まれて、鬼灯は手探りで倒れた女を探し当てると、ひょいと軽々持ち上げる。
襦袢から覗く真っ白な脚に視線を送る鬼灯は、さも当然というように更に続けた。

「女性をこんな薄着のままにしておくんですか?」
「その羽織掛けてやればいいんじゃ...」
「寒いので嫌です
 春一さんならたとえ全裸でも平気ですよね?」
「お、鬼か...」
「鬼ですよ」



色鬼の氷結 壱ノ肆
和製白雪姫 / 2017.09.14

←壱ノ参壱ノ伍→
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -