客観的に見た世界は別物だった。

トーナメントに負けてから、腫れ物に触るような態度を取るやつばかりの中で、千歳は良くも悪くもいつも通りオレに接してくれていた。
千歳の隣は居心地が良かったし、千歳と交わした約束の為ってのもあったが、気にしてサポート役に徹するようにしてから視野が広くなったような気もする。
ざわざわと落ち着きのない江ノ島で、人混みに紛れたオレは勢いよくスタートを切ってく青のジャージを見送った。
その場にオレが居たかったって、何でオレはここで傍観してんだって、前のオレならきっとそう思って焦燥感に駆られていたことだろう。
いや今もそこにオレが居たかったと思ってはいるけど、内心は穏やかだ。
そんなオレでいられるのはきっと千歳のお陰なんだろなとか、らしくないことを思いつつスタートゲートに背を向けテントへ戻る。
まだ人の少ないテント群の間を通り過ぎ、箱根学園の選手テントを覗き込むと、千歳が一人でまだ何かの準備をしていた。

「おま...何やってんだ、もうスタートしちまったぞ」
「知ってる」
「いいのかよ、応援行かなくて」
「いいの、私やらないといけないこと沢山あるし
 応援は他のみんなに任せるよ、私は信じて待ってる」

ってドキドキし過ぎて見てられないから作業して誤魔化してるだけなんだけどね、と付け加えて千歳は笑った。
最近オレにも見せるようになった千歳の自然な笑顔、やっとモブ男レベルにまで昇格できたことに若干喜びを感じつつ、それにつられてオレも少し頬が緩む。
よいしょとひとつ掛け声と共に膨らんだサコッシュを左右に3セットずつ肩にかけて立ち上がる千歳から左側の3セットをさりげなく奪い取ると、千歳は妙ちくりんな表情を浮かべて何か言おうとしたが、結局何も言わずにテントを出て行った。
駐車場へ向けて歩き出す千歳の後を追ってオレもそこから出ると、強い直射日光に晒されてアスファルトの上で陽炎がメラメラと揺れている。
うだるような真夏の暑さが視覚に映って、余計熱さが身に沁みた。

*

インハイ2日目の8月2日、今日も雲ひとつなく晴れ渡り、真夏日の灼熱が降り注ぐ。
スプリントに続いて山岳リザルトも京都伏見のゼッケン91番御堂筋が獲ったと報せを受けた直後のことだ。
給水所に補給セットを預けて一足先に着いた2日目の
ゴール地点、本栖湖に設営された蒸し暑い選手テントの中で、落ち着きなくあれやこれやと忙しなく作業しながら速報を聞いてた千歳の顔色がどうもおかしい。
スプリントで新開さんが負けた上に山岳まで獲られて多少混乱してんだろうか、とはいえタイムは僅差、大したことじゃない。それは千歳にだってわかっているはず。
なら何で、答えは一つだ。

「ひ、ぁっ、何っ」
「何じゃねーよ、おまえ最後に水分取ったのいつだ」

クーラーボックスからポカリのボトルを一つ取り出して、千歳の頬に押し当てた。
大きく肩を揺らした千歳がオレを見上げたと思うも束の間、バツが悪そうに千歳の視線が大きく泳ぐ。

「宿舎出る前...かな...」
「は、人には散々補給補給言うくせに何やってんだよ
 顔、土気色になってんぞ、ちょっと休め」
「大丈夫だから、これ選手用の、」
「おまえもチームの一員だろが、遠慮してんなバカ」

そう告げると千歳は小さくごめん、と呟いてボトルを受け取ると、テントの端のパイプ椅子にゆっくり腰掛けた。
クーラーボックスからもう一つ、氷のうも取り出して、しょんぼりと俯く千歳のうなじに乗せてやる。
緊張から来てんのか何なのかは知らないが、熱中症とか洒落になんねーし、らしくねー。
気張り過ぎなんだよバカ、サポート側が無理しちゃ元も子もねーだろが。

「黒田、あの、」
「ん、」
「その...あ、りがと...」
「...別に礼言われるようなことしてねーよ」

オレに対してありがとうだ?なんだこいつ、どうかしたのか。千歳に礼を言われて目が点になる。いやオレもそれを素直に受け取れって話ではあるが。
聞き慣れない言葉に唖然としつつも、ちらりとオレを見上げる千歳と視線が合って、たかだかそれくらいでオレは内心浮き足立った。
って、オレの中のハードルってどんだけ低いんだ、ラストステージの表彰台より低いんじゃねーの。
自分で自分に突っ込みを入れながら、何故かニヤケてしまう口元を隠すように手で覆う。そんな中、ゴールまで残り5km、箱学が先行してると中継からの声が告げた。

インハイ2日目も、もう終わりが近い。



モノクロ*ノーツ 11
セカンドステージ / 2017.09.11

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