オレンジ色の太陽が海の向こうに隠れ始めた夕暮れ時、オレ達は自転車を降りた。
汗に濡れた肌は今日1日ですっかり小麦色に色付いて、海近くの日差しってヤベェなって改めて思う。
くたくたンなった身体をどうにか動かし3階の302号室まで、階段しかねぇってどうなってんだ、エレベーター設置しろよ疲れっからァ。
長い階段登り切って扉を開けると、部屋ン中が夕日色に染まってた。上のジャージだけ脱ぎ捨てて、そのままベッドにダイブする。
クーラー付けっぱなしにしといて良かった、柔らけぇ布団に冷えた弱風が背中を撫でて、ここは天国かってくらいに気持ちイイ。
このまま寝ちまいそうになるが、腹の虫が容赦なく部屋に響く。メシ、あと風呂も、寝るのはそれからか...
重い身体持ち上げてベッドの淵に座りなおすと、正面の壁に掛けられた長方形が目に付いた。窓の外に見えるそれとはまた違う、どこか異国情緒漂う透明感のある青が印象的な、空と海の風景画。

『絵の裏にお札が貼ってある部屋は霊が出るとーーー』

頭ン中で東堂が言ってた台詞が思い起こされる。
この絵の裏にもし札があったら...
ごくりと生唾飲み込んで、ジッとその絵を見つめた。
あったら何だってんだよ、何てことねーよ霊なんか!
勢いよく立ち上がって額縁に手を伸ばす。変に心臓が跳ねやがるが躊躇はしねェ、ここで日和ったら負けだ。
絵を下から上に持ち上げて、裏側をそっと覗き込む。つい片目だけ瞑っちまったが別にビビったわけじゃねぇ、ついだ、つい。
少し埃っぽい額縁の裏は一面茶色で、ンだよ札なんかねーじゃねぇかとホッと胸を撫で下ろす。
無駄に緊張させやがってクソ東堂覚えてろ。

「靖友、風呂行かないかー?」
「おー、行く」

扉の向こうから投げかけられた声に返事を返して床に落としたジャージにまた袖を通す。着替え持って部屋を出ると、そこには新開と東堂が居た。
すかした顔してやがるダサカチューシャを睨みつけてやったのは言うまでもない。


*


オーシャンビューの大浴場に晩飯はシーフードカレー。
おかわり自由だっつって調子に乗って食べ過ぎた、ぽっこり膨らんだ腹が苦しい。
すっかり日は落ち街灯のない窓の外は真っ暗で、波の音だけが微かに聞こえる。窓際のソファに座ってぼんやりそれを眺めてるうちにオレはいつの間にかうつらうつらと船を漕いでいた。頭が落ちてハッとすると、思ったよりも時間が経っていたようで、凝り固まった背筋が痛い。
布団で寝るかと立ち上がったはいいものの、若干乾いた喉がオレに訴えかけてくる、ベプシが飲みてェ、と。
館内に唯一ある浴場前の自販機を風呂上がりに見たが、そこに今オレが欲しているものは無かった。アクエリかなんかで我慢すりゃいい、そう思う自分もいるのに、身体は強烈にあの炭酸を求めてる。
どうすっかと悩むまでもなく脳裏に浮かんだのは高台から海に続く長い階段で、それを下りて少し歩けばベプシがあるあの古びた自販機があるはずだ。
そんなビジョンが見えてしまえばもう行くしかないわけで、小銭だけポケットに突っ込んで、オレは部屋を飛び出していた。
階段を駆け下りてエントランスとは反対方向へ、北側の引き戸を開けると暗闇の先に階段が見えた気がした。スリッパから置いてあった木製のサンダルに履き変えて、目を凝らしながら歩を進めて行く。
案の定そこには長く下る階段があって、オレは迷わずその階段を下りてった。ポーチライトの光も見えなくなって、月明かりだけがオレを照らす。
周りの草むらから聞こえる虫の声、カラコロ鳴る木のサンダル、近付いてくる波の音。夜だっつーのに、ねっとり暑い空気が身体に絡まる。海上の光の粒がキラキラときらめいていて、思わず空を見上げると、満天の星がそこにあった。
階段を下り切ってから辺りを見回すと、そのまま浜辺に下りる階段が正面に、右手の遠くに光が見える。絶対あれが自販機の光だ、オレは迷わず右に曲がってそれを目指した。

「っはぁ、うめぇー」

本日2本目のベプシを喉に流し込むと、無意識のうちに声が出た。身体ン中に染み渡る、わざわざ買いに来た甲斐があったってもんだ。
半分くらい一気に飲んでキャップを閉めて、折角外に出てきたんだし、ついでに浜まで下りてみるか。
そう思ってベプシ片手に来た道を戻って行って、長い上りの階段に背を向け、短い階段を下りてオレは浜辺に足を踏み入れた。
歩くたび柔らかい砂にサンダルが食い込んで、ひんやりした海風がオレを包む。波打ち際に近付いて遠くの水平線に視線を向けると、黒く透明な水の中に白い何かがあった。
水面と同じくゆらゆらと揺れる白に目を凝らす、何だあれ?...嘘だろまさか、

「オイ、何やってんだ!?」

白い物体の正体に気付いて血の気が引いた。
それと同時にオレは叫びながら海ン中に入ってて、白いそいつに手を伸ばしてた。無我夢中で海からそいつ引っ張り上げて、砂浜に膝をつく。

「ッ馬鹿かテメェ!死にてェのか!」

オレの横で蹲る白いワンピースの女に声を荒げた。
ンな真っ暗な夜に一人、しかも服もそのまんまで海に入るヤツがあるか!

「聞いてンのかよ、返事くらいしやがれこの、」

立ち上がってびしゃびしゃンなったTシャツの裾を絞りながら、なおも蹲ったままの女に言う。
長い黒髪で顔も見えねェ、なんだよコイツ。は、つか何かおかしくねェ?こいつ髪、濡れてねェ、服もだ。
事態が飲み込めず、女を見下ろしたまま身体が固まる。それ以上何も言えないままでいると、女は頭を上げてオレに視線を向けた。
そして、ゆっくりと口を開く。

「私が、見えるの?」

...気付けばオレは全力で走り出していた。
ベプシどっかいったとか、サンダルが片方ないとか、水分吸った服が重いとか関係なく。
ただそこから逃げたかった、今起こったことを現実だと認めたくなかったんだ。

それからどうやって部屋に戻ったのかは覚えてない。
目を開けると朝んなってて、オレはベッドの中に居た。

合宿2日目、
オレの気分とは裏腹に、今日も空は青かった。



真夏の亡霊 5 / 2017.08.31

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