「すっげ何コレェ、本当に同じ海なのかよ」

輪行袋とエナメルのスポーツバッグを引っ提げて停泊するフェリーから降りた。身体が揺れる感覚がまだ残っているせいか、足元が少しふわつく。
船から地面に架けられた短い橋から下を覗き込むとコンクリートに打ちつける波は透き通っていて、壁面に群生するフジツボがよく見えた。青というより緑に近いその色は、普段見る海とは大違いだ。

「透き通るエメラルドグリーンの海、青い空、
 照りつける太陽、そしてこの美しいオレ東堂尽ハ!」
「ッゼ」
「うざくはないな!?」

フェリー乗り場を抜け、先に日差しの下へ出ていた東堂が両手開いて何か言ってる。周りにギャラリーがいるわけでもねぇのに、コイツ誰に向かってやってんだ。
慣れたように聞かなかったことにする福チャンと新開、苦笑いの泉田に、あ?真波どこ行った?

「東堂さーん!山!山!早く行きましょうよー!」
「待て真波落ち着け、皆がまだ揃ってないだろ」

正面に見える山を指差して、真波はいつの間にかオレ達を追い越して誰よりも先を行っていた。
って山かよ!海じゃねーのかよ!ここは海だろ普通!

「あれ寿一、監督とコーチは?」
「車の搬出に時間がかかるそうだ、
 先に歩いて宿まで行っておくようにとの御達しだ」
「ハァ?このクソ暑いのに荷物抱えて歩けってのかよ」

これじゃ練習前に体力使いきっちまう、ってのは言い過ぎだけどよ。7月に入ったばっかだっつーのにもう真夏みたいに暑いのは、ここが島だからなのか、純粋に季節が変わったからなのか。
インターハイを来月に控えインハイメンバーだけで行われるこの5泊6日の夏合宿、オレ達6人はわざわざ伊豆諸島までやって来ている。

「新開さん、良かったら荷物一つお持ちしますよ」
「あぁ大丈夫だ泉田、ありがとな」
「つーか新開荷物多くねェ?何持ってきてんだよ」
「ん?この袋の中身は主にパワーバーさ
 島には置いてないらしいからな、みんなの分もあるぜ!」
「ア、アブゥ...新開さん...なんて仲間想いなっ...」

だからって誰がそんなに食うワケェ?
どうせほとんど全部テメェで食うんだろうが。
東堂と真波に追いついて福チャンのナビのもと、合宿の基地となる宿へと向かう。右に曲がって海沿いを真っ直ぐ、海風に乗って磯の香りが鼻を掠めた。
人通りも車通りもない道をひたすら進んで10分は経っただろうか、いっそ船から降りてすぐチャリ組み立てて乗ってけば良かったんじゃねぇかと後悔しているのは多分オレだけじゃない。

「福富さぁん、宿ってまだ先ですか...」
「徒歩15分ほどだと聞いている」
「こら真波、もう少しだ自分で歩け!」
「えー荒北さん引いてくださいよー」
「アァ?知るかバァカ!」

滴る汗を拭いつつ、そんなことを言っているオレらの50mくらい先、バス停の横に古びた自販機があるのが目に付いた。
あっ、と小さく声を発したのは誰だったんだかわかんねぇけど、それを合図に一番ダレてた真波が自販機目指して走り出す。つられてオレらも駆け足に、そうなったら誰が一番にそこにたどり着くかのレースになっちまうわけで。
あっちぃし、だりぃし、荷物も重ぇのに、全力疾走するオレらは馬鹿なんじゃねぇか。

「っ、いちっばん!」
「はぁっ...急に走り出す奴があるか馬鹿者!」
「ははっ!こういうのもたまにはいいな!」
「アブゥ...さすが新開さん、走りも早いですね...」
「無駄に疲れちまっだろうがクソッ、
 福チャァン、ちょっと休憩していこうぜ」
「あぁ、いいだろう」

カラカラんなった喉に潤いを求めて、取り出した小銭を自販機の穴に突っ込む。お、ベプシあんじゃん、オンボロのくせにやるじゃねーか。
赤く点灯したボタンを押すと、ゴトンと音を立てて青ラベルのペットボトルが現れた。各々そこで飲み物を得て、生温い潮風に吹かれ道の向こうの海を眺めながら小休止。なんとなく言葉を発さないままセミの鳴き声ばかり耳につく。
それに紛れて近づいてくる音のほうに目をやると、箱根学園と書かれたバンがこっちに向かって来ていた。もう歩かなくて済む、と誰しもが思ったに違いない。安堵の表情を浮かべなから、目の前に止まった車のスライドドアに手をかける。
これからもっとしんどいことするっつーのに、
不思議とオレの心ははやっていた。



真夏の亡霊 2 / 2017.08.23

←1 back next 3→
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -