海の音が聞こえる。

ざん...ざざん...
一定のリズムで寄せては引く波の先、空気の粒が白く泡立つ。
透けたブルーグリーンから砂浜に取り残されて、静かに消えていく白泡はまるで私のようだと思った。
人知れず消えていく、それも、私も。

踏みしめた砂浜に足跡だけ残して砂にまみれたサンダルを脱ぎ捨てる。灼熱に晒された砂は熱を孕ん地に着いた足が焼けるように熱い。
爪先立ちで波打ち際まで進むと、まだ少し冷たい水が指先に触れた。
一歩、また一歩、遠くに見える水平線に近付くにつれ上下に揺れる海水が私を包み込んでいく。
頭の片隅に残る幼い日の記憶、今と変わらぬその風景の中で幸せそうに小さな私は笑っていた。

いつからだろう、笑えなくなったのは。
いつからだろう、生に価値を見出せなくなったのは。

このまま海に飲まれて広く大きなそれの一部になってしまえば、もう何も考えなくて済むのだろうか。
深く深く沈んでいった海の底で物言わぬ貝になるのもいい。
頭をよぎる負の思考、実行出来る勇気なんかないくせにと自嘲しながら沖に背を向けた。
水中でゆらゆらと白いワンピースが泳ぐその下の、硬い何かに足を取られ、胸元にあったはずの水面に後頭部から吸い寄せられる。
とぷん、と静かな水音を立てて視界が歪んだ。
上がっていく真ん丸の空泡を見送りながら、きらきらきらめく波間の向こうに鮮やかな青を見た。

あぁ、空が青い。
綺麗、綺麗だ、何よりも。

足掻くのも忘れてそれに見惚れているうちに、身体の中にあった空気は全部無くなった。
不思議と苦しくないのに、意識は遠のいていく。
重い瞼が閉じ切る最後の瞬間まで、私はそれから目を離さなかった。

再び目を開くと、私はその海辺に佇んでいた。
青から緑、オレンジが黒へと色彩を変えていく大きな水溜りを、ただひたすら見つめるだけの日々を過ごしながら私は今もそこに居る。

ーーーもう誰の目に留まることない姿で。



真夏の亡霊 1 / 2017.08.22

next 2→
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -