手に書かれたメールアドレスを見つめて何分経っただろう。湿った制服を脱ぎ捨てもせず、自室のドアに持たれかかったまま、ずるずると床にしゃがみ込む。
早足で帰路についたばっかりに、濡れてしまった靴下が気持ち悪いし、心臓だってまだ駆け足で脈を刻んでる。電気を点けることすら忘れた薄暗い部屋の中、足元に落とした鞄の中から携帯を取り出してそれを開くと、液晶の眩しい光が私を照らした。
カチ、カチ、とボタンを押す音と、うっすら遠くに聞こえる雨音が耳の中に響く。

あらきたやすともさん。
洋南大学工学部2年生。

脳内に刻み込んでた情報も一緒にアルファベットの羅列したそれを携帯のメモリの中へ、一文字一文字間違えないよう慎重に入力した。
登録完了のボタンを押して電話帳を開くと、あいうえお順で並ぶ一番上に、今入れた情報が浮かび上がる。
電話帳を開くたびに視界に映る"あらきたさん"の文字にじんわりと口元が緩んでいく。
このままベッドにダイブして、携帯を抱き締めのたうち回りたい衝動に駆られたけど、着替えもしてないこんな姿じゃ、という自制心がそれに勝った。
分かりやすく描かれた手紙のマークのボタンを押すと、メール画面が起動して、カーソルが文字を入力して下さいと言わんばかりに点滅している。
送らなければ返ってこない、だって荒北さんは私のメールアドレスを知らないんだから。そんなのは当然だ、でも何を送ったらいいんだろう?
聞きたいことなんていっぱいある、それこそ今私を悩ませてるあの問題とか。
誕生日、血液型、好きな食べ物、初恋は?
小学生のとき流行ったプロフィール帳じゃあるまいし、そんなこと聞けっこない。

こんばんは、白崎 千歳です(^^)
絵文字とかどうしよう、あんまりつけると引かれちゃう?

荒北さんって、彼女いますか?
いっそストレートに聞いてみる?
そんなこと聞いたら気があるってバレちゃうかな...

携帯に文章を打っては消し、打っては消しを繰り返して散々悩んだ挙句、結局あたりさわりのない文章を書いて一度深く深呼吸してから、清水の舞台から飛び降りる気持ちで送信ボタンを押した。


 To. akichanxxx@xxx.ne.jp

 Title. 白崎です

 こんばんは、白崎千歳です。
 今日は楽しかったです、ありがとうございました。
 よかったらまた、お話聞かせて下さい。



画面の中で紙飛行機が飛んでいく、
無事に荒北さんの元まで届いてくれるだろうか。

『恋心というやつ、
 いくら罵りわめいたところで、おいそれと
 胸のとりでを出ていくものでありますまい』

誰が言ったのかは忘れたけれど、私の中に生まれた恋心は消そうにも、もう消せないのだ。
荒北さんにはもう彼女がいるかもしれない。
失恋が確定していたとしても、私はーーー

「千歳、ご飯よー」
「...はぁい、すぐ行くー」

扉の向こうで私を呼ぶお母さんの声に返事を返して、携帯をパタンと畳むと薄暗い部屋が更に暗くなる。
ご飯の前に着替えなきゃ。
立ち上がり扉の横のシーリングライトのボタンを押して、セーラー服のリボンに手を掛けた。携帯はベッドサイドのテーブルに置いて、脱いだ制服はハンガーに、ささっとルームウェアに着替えたら点けたばかりの電気を消して部屋を出る。
バタンと音を立てたその中で、震えた携帯が点滅しているのにも気付かずに。


 From. akichanxxx@xxx.ne.jp

 Title. Re:白崎です

 オレの話でよければいつでも






AとJK 2-9
電話帳の一番上 / 2017.08.09

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