インターハイメンバーを決めるトーナメントを間近に控え、オレは最終調整に入っている。
毎年梅雨の時期になると否応無しに室内練習ばかりになって、筋トレ漬けの毎日に多少気が滅入っていたのは確かだが、お陰で身体の、特に脚の仕上がりは上々だ。
雨が上がった今日、やっと外に出られると浮き足立っているのは勿論オレだけじゃなく、塔一郎なんかいつもに増してアブアブ言ってる。
アンディとフランクの調子がいいって?そりゃ何よりだよ。とりあえずそれはしまえ、外でやったらただの変態だからな?
なんてツッコミはもうしない、手遅れだ。
相棒であるクォータのサドルを押しながらスタート地点の校門へ向かう途中、花壇に並ぶ藍紫色の紫陽花になんとなく目をやると、葉の上のカタツムリが大触角を揺らしながら這っている。久々に見たなカタツムリ、なめくじならよく見かけんのに殻の有無で一体どう違うんだ?
んなどうでもいいこと考えながら集団に紛れ、オレはスタートの合図を待つのだった。

*

1周目は軽く流すように、2周目はコースのライン取りを意識して、身体が温まってきた3周目を全力で。筋トレの成果を確かめるように校舎の外周を駆けるコースでペダルを回した。
ゴールラインである校門を通り過ぎ、タイムを確認するべくすぐ反転してストップウォッチを握り締めた白崎のもとへ行って、オレを一瞥することもなく黙々とバインダーに文字を書き込み続ける白崎の横でグローブとクリート外しクォータから降りる。
さっきのオレのタイムは?と声を掛けるまでもなく、白崎は黙ってオレの前にバインダーを一つ差し出した。
わかってんじゃん白崎、なんて言ってはやらねーけど、こいつ仕事は出来んだよなぁと心の中で思う。
一番上の用紙に手書きで書き込まれたタイムがさっきのか、思ったよりタイム縮んでねぇ、まだどっか削れるとこがあんだろな。しかしこのバインダー、やけに分厚いけど何挟んでんだ?
ペラリと一枚めくると、そっから下は印刷された活字と表にグラフだった。よくよく見れば、これ全部オレのデータじゃね?
綺麗に纏められたそのデータ集には、ご丁寧にコースマップまで載っていて、コイツこんなことも出来んのかと感心したのと同時に、何でマネジなんかに甘んじてんだと疑問に思った。やればきっと何だって出来んのに、何が楽しくてこんな雑用ばっか。
気になって聞いてみれば、嫌そうな顔しながら白崎が渋々語る、マネジになった理由。それはオレにも心当たりがある話だった。

『何でも出来るよ実際、自慢じゃないけど』

特別何かしなくとも、常人より出来てしまう。
自慢じゃねーけどオレだってそうだ。

『そしたらその分、毎日真面目に努力してきた子が
 レギュラーになれないわけで』

練習して練習して、それでもオレに勝てない凡人を、オレはダッセェ奴らだと見下していた。助っ人に呼ばれてオレの力でチームを勝たせるのは快感で、オレにレギュラー枠取られた奴が泣いてようが、実力のねぇお前が悪いんだろとすら思ってた。

『私の能力を、何か必死に努力してる人の為にーーー』

だから白崎の言うそれが目から鱗で、オレってどんだけ天狗だったんだよと我ながら恥ずかしくなった。
今ならわかる、努力しても努力しても勝てない悔しさ、プライド捨ててでも勝ちたいって思う勝利への執着。
他人のそれを踏みにじって生きてきたオレとは正反対に、あいつはそれを慈しむ生き方をしていたのだ。
さっきだってマネジなんか、とか言っちまって、誰かに支えられて今のオレがあることすら気付かずに、白崎が怒るのも当然だよな。
白崎がオレを嫌っている理由がもしかしたらこれだったのかもしんねー、そっぽ向く白崎の横顔を見て思った。

ーーーのが、昨日の話で。

気が利いたことも、これまでの無礼を謝罪する言葉も言えずに、ただこうやって今、オレは白崎を見ている。机に突っ伏して寝たフリをしながら、隣で笑うあいつの姿を。
午後の授業が始まる15分前、クラスメイトに混ざって知らない顔もちらほら見えるのは多分気のせいじゃない、事実目の前で笑ってる男をオレは知らない。
やけに仲良さそうに白崎と笑うお前誰だよ、わざわざ他クラスまでやってきて、白崎のこと好きなんじゃねーのコイツ。つーかオレのときと全然違う、白崎あんな笑い方すんのかよ...

「黒田いるゥ?」

オレには見せない白崎の笑顔に何でかモヤモヤしていると、廊下の方から聞き慣れた気だるげな声がオレの名を呼んだ。
なんでアンタが2年生の教室に。
呼ばれたオレより早く反応してみせたのはオレが見ていた目の前の女で、クリスマスの朝プレゼントを見つけた子供さながら、白崎はパァッと表情を明るくさせた。

「荒北先輩っ」

うっわ、わかりやす!
お前は留守番してた子犬か!ご主人の帰宅に大喜びか!
ってくらいに尻尾を振りながら白崎は教室の入り口に立つ荒北さんに駆け寄っていく。実際尻尾なんてあるわけねーけど、なんでかそのスカートに生えてるように見えたんだ。

「黒田!気づいてんなら早くきなさいよ!」

で、オレにはその顔なワケ。
白崎を目で追うような形で机に伏せたまま顔だけ廊下側を振り返ったオレに、白崎は一変して冷たい目線を浴びせてくる。
温度差が半端ねぇ。そこのモブ男以下ってだけでもダメージでかいのに、荒北さん相手じゃそいつだって月とスッポン並じゃねーか。
会心の一撃、オーバーキルかよ。ってなんでオレ白崎の反応ごときでダメージ受けてんだ...
重い腰上げて荒北さんトコまで行って、ピシッと気を付けして話を拝聴するオレの隣で、ちゃっかり居座る白崎は目をキラキラさせながら荒北さんを見ていた。

「ーーってワケだからァ、って聞いてンのか黒田ァ!」
「っ、はいっ!」
「ちゃんと用意しとけよォ?んじゃそゆコトで。
 じゃーな黒田、白崎チャンも」

そればっかりが気になって話の内容が頭に入ってない、やべ、なんの用意だ?
スンッと鼻を鳴らした荒北さんはニオイで何か察したんだかオレにボディアッパーをかまして、予期せぬ衝撃に腹を抱えるオレを尻目に白崎の頭の上でその手を軽くはずませるとハッ!と笑ってそのまま去ってった。
驚いて目を丸くした白崎の顔が、じわじわと緩みながら赤く染まってく。
ーーーんだよそれ、むかつく。

「ひゃっ!なにっ、なにすんの!髪ぐしゃぐしゃにっ」
「バーカ!」
「はぁぁぁ?ちょっ、謝りなさいよー!」

白崎の頭を引っ掴み、濡れ羽色の髪の毛を混ぜるようにくしゃくしゃにして、憤慨する白崎を無視して自分の席に戻ってまた突っ伏した。白崎に何かを悟られないように。
あの人への敵対心?まさかそんなわけない?
薄々わかってたくせに気付かないふりしてた、

バカは、オレだ。



モノクロ*ノーツ 07
オレとは正反対の生き方 / 2017.08.08

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