荒北さんに言われた通り、電車の扉が閉まってすぐに隣の車両へ移動した。
他の車両とは違う独特の、化粧だとか香水だとか、いわゆる女くさい匂いがほのかに香るその空間で、ゆらゆらと一人電車に揺られる。
ガタンゴトンと線路の切れ目をなぞる車輪の音を聞きながら、シルバーの手すりを握り締めた手の甲にある文字を見つめ、私はさっき起こった出来事を頭の中で反芻していた。

『連絡先、聞いても、いいですか...?』
『いいヨ、LINEでイイ?』

勇気を振り絞って発した言葉に荒北さんは快く応えてくれた。
壊れたら新しいのを買ってあげると両親に言いくるめられ、5年も経つのに未だ健在のLINEも出来ないこの携帯を何度恨めしく思ったかもう覚えてないけれど、今だけはこの携帯で良かったと思えてしまう。
ペン先が手の甲に走るくすぐったい感触より、その時添えられてた荒北さんの左手の温もりが私の手のひらに残ってる。
それを思い出しただけなのに車窓に映る私の顔は赤く染まっていて、誰に見られているわけでもないけどなんとなく俯いて顔を隠した。
手の甲いっぱいに書かれたメールアドレスの冒頭は
a、k、i、c、h、a、n
あきちゃん?あきちゃんって誰だろう、彼女かな...
そういえば彼女いますかって聞いてない、そんなこと聞くタイミングも勇気もなかったからだけど。
胸の奥がざわざわするのは聞けなかった後悔からなのか、見知らぬあきちゃんへの嫉妬なのかは分からない。
スマホを見て顔を緩ませてた荒北さんの姿が思い浮かんで、あきちゃんから連絡があったのかなと勝手に想像して勝手に落ち込む。
恋心に気付いてすぐに失恋だなんて、でもそのほうがダメージが少なく済んで良かったのではと思ってしまう私は初めての恋に後込みしているのかもしれない。
無意識に出た溜め息と一緒に到着した駅のホームに降り立って、慣れた構内をいつもより重い足取りで進んで行く。
空がどんより重いのがまたそれを助長させて、もし今雲ひとつない晴天だったとしたら、もう少しポジティブになれたのかな。
落ちてくる雨粒を見上げ、おそらく水性のボールペンで書かれたそれが濡れて消えてしまわないよう、傘を持った両手を胸に押し付けながら、私は降りしきる雨のなか家路を急いだ。



AとJK 2-8
akichan / 2017.08.06

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