「ささささささむ、さむさむさむさむいぃぃぃ」

八寒地獄に訪れると、そこは一面真っ白な雪で覆われた酷寒の世界だった。
仕事が終わり閻魔殿に顔を出すと丁度八寒に向かうという春一を引きずった鬼灯に出会い、思わず一緒に行く!と脊髄反射で言ってしまったことを、シロは現在絶賛後悔中である。
牙の隙間から垂れた涎が一瞬で氷柱になってしまうほどの寒さで、ガタガタと大きく震えながらシロは叫んだ。
猛吹雪に見舞われ、周りの雪と同化するようにシロの身体には沢山の雪が付着し、背に巻かれた紅白の縄でそこにシロがいるとかろうじて認識できるが、まるで動く雪だるまのようにも見えた。
一方で分厚い羽織を着込んで耳あてまで装着した鬼神は白い息を吐きながら通常通り無表情のまま、一寸先も見えない雪原を踏みしめている。

「毛皮と脂肪がある分、私より暖かそうですけどねぇ」
「脂肪は余計だよ鬼灯様!」

八寒地獄の中でも一番過酷といわれるこの摩訶鉢特摩は、八寒で一番広大な地獄でもある。
歩けど歩けど目的地である湖の"み"の字も見えない。もし目の前にあったとしても、この吹雪ではどうせ目視出来ないが。
鬼灯とシロを導く雪鬼・春一は、視界が悪いにも関わらず迷いなく先を進んで行く。
ここ何処だ?迷っちまったよぅ!なんて言い出される可能性も否定出来ない、鬼灯は一抹の不安を感じながらその後を追っていた。

「こっちだよぅ〜、これこれ!」

鬼灯の心配は一先ず杞憂で終わり、春一が立ち止まって目の前の何かを指さしている。
ひたすら白い風景の中、目を凝らして指されたほうを見ると、どうやらそこに何か壁のようなものがあるようだ。
その壁を風上に、吹雪を避けるように移動すると、ひらけた視界に鬼灯の背丈の二倍ほどありそうな巨大な壁が映った。

「...氷塊というか、雪壁のように見えますが」

そう、確か先の話では氷塊が現れたと聞いたはず。
鬼灯は怪訝そうに眉を顰めて春一を見る。
人が入っているくらいだからまぁそれなりに大きいのだろうと思ってはいたものの、目の前にあるそれは予想を遥かに上回る大きさだった。高さもさることながら、横幅も鬼灯が両腕を伸ばしても足りないくらいで、当初春一が思ったようにかき氷にしたとしたら何食分になることだろう。

「吹雪で雪が付いちゃったんだな、
 出てきたときはスッケスケの綺麗な氷塊だったけど」
「スッケスケ!?スッケスケな服の女の人なの!?」
「シロさん、違うと思いますよ」
「スッケスケではないけど、長襦袢一枚だったよぅ」
「へぇー!」

中身の女が長襦袢一枚とかいうどうでもいい情報を聞き流しながら、鬼灯は壁を軽く爪で抉ってみる。するとまだ柔らかい表面の雪がポロポロと崩れ落ちた。
指先でそれを掘り進めていくが、掘れば掘るほど付着した雪は硬くなっていくのに、肝心のスケスケの氷は現れない。

「ひとまず中を確認します。
 春一さん、表面の雪を削いで下さい」
「わかったよぅ」

鬼灯は溜め息を吐いて余計冷たくなった手を羽織の中にしまい込むと春一に指示を出す。
鬼灯の指示通り、春一はその辺から大きな氷柱をもぎ取ると巨大な雪壁にそれを突き立てるようにして表面の雪の除去作業を始めた。
オレも手伝うよー!と言ってシロもそれに加わって、後ろ足で懸命にそれを掻く。
鬼灯は、それを後ろでただ見守っていた。

「...って鬼灯様は手伝わないのかよぅ!」
「冷たいので嫌です」
「まじか...」

さも当然と言わんばかりに即答した鬼神から放たれる謎の威圧感に圧倒されて、春一は悟る。
嗚呼、この人こうなったら梃子でも動かないな、と。
ひたすら除雪作業を続けながら春一は、こんなことになるなら応援を連れてくるんだったと悔悟を噛み締めるのだった。



色鬼の氷結 壱ノ参
摩訶鉢特摩 / 2017.08.02

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