体育祭が終わり、何てこともない日常が戻ってきた。
あえて何か違うというなら、隣の席の女が口をきかなくなったということくらいで。
原因はまぁ、体育祭でオレがしでかしたアレだ。
ただでさえはたから見れば疑惑の関係であったオレと白崎が、勝利の余韻とはいえ人前であんなことすりゃ疑惑が確信に変わってしまうのも自然なことではあるだろう。言うまでもないが、当然周りが思っているようなことは微塵もない。
言い訳をしたところでそう思い込んでしまっている周りの耳には届かず、むしろ白黒コンビとかいう不名誉な称号が広まるばかりで、否定を繰り返しているのにヒューヒューと囃し立てられたことも何度かあった。
んなのほっときゃいいものを、あいつは大層立腹して、

「バカ黒田!もう口きいてやんない!」

ときたもんだ。お前は小学生か。
悪かったとは思ってる、けどオレだって何であんなことしたんだかわかんねんだよ、手が勝手に!
そういやあいつの体、柔らかかったな...
いやいやいや、何思い出してんだオレ。
ただの勝利の抱擁に意味なんて無い、自意識過剰かってんだ。どうせ憎まれ口しか叩かないんだし、口をきかなくても別に支障はないとはいえ、気分がいいものではない。
白崎って本当、大人げないヤツだ。

「お疲れ様です、ドリンクでーす」

ローラーを回しながらそんなことを考えていたら、ウォータージャグを引っ提げた白崎が室内練習場にひょっこりと顔を出す。
お前何かセンサーでもついてんの?
噂をすれば影って、こないだもあった気がすんだけど。
クリートを外し自転車から降りてスポーツドリンクを次々とコップに注いでいく白崎の元へ、偶然にも白崎と目が合うが、ムッと顔を顰めると白崎はこれみよがしに顔を大きく横に逸らした。
あれから何日経ってると思ってんだ、根に持ち過ぎか!

「サンキュー」

どうせ返事しねーだろなとは思ったが、一応礼くらいは言っておく。並べられたコップに手を伸ばして淵に指が触れる直前、白崎がオレより先にそれを掴んだ。

「あっこれはダメ、他のにして!」
「はぁ?」

嫌がらせかよ、つーか久々に口きいたと思えばなんだそれ!別にどれでもいいだろが、意味わかんねー。
多少イラッとしながら取ろうとしてたやつの横のを手に取って、キンキンに冷えてるスポドリを口に含んだ。
すると外周から帰って来た3年生たちもやって来て、騒がしくなった部屋の中、聞き慣れたガラの悪い声の咆哮が聞こえた。
またあの人キレてんのか、何に吠えてんのか知んねーけど飛び火がオレに来ませんように。
そう願うオレを尻目に、オレから奪ったコップを持った白崎は声の主のほうへ駆け寄ってった。

「荒北先輩、これどうぞ」
「アァ?」
「今日あんまり喉の調子が良くなさそうだったから...
 先輩のだけちょっと特別配合しました」
「ハッ、よく見てんな白崎チャン。あんがとネ」

うっわ、怖いもの知らず...
と思ってつい見ていたら、どうやらさっきのコップは荒北さん用だったらしい。そう言われてみれば荒北さん、いつもよりちょっと声が変だったような...?
それを無事荒北さんに渡した白崎がこっちに戻ってきて、心なしかその顔が緩んでいるように見えた。

「なに白崎、お前もしかして荒北さんのこと」

ジャグの蛇口を開けて、またコップに液体を注ぎだす白崎の横で、からかうようにそう言った。
嫌がらせには嫌がらせを返してやる、まぁどうせ無視されんだろうけど。

「違っ、違うし!
 マネージャーだったらこれくらい当然でしょ、
 私仕事出来る子だから!違うから!」

予想に反してオレを見上げ言い返してきた白崎の頬はほんのり赤くなっている。ふいと顔を逸らして、変なこと言うなバカ黒田、と小さく呟く白崎。

ーーーうそだろ、白崎が、あの荒北さんを、

腹ん中がざわざわする。なんだこれ。
んな顔、オレ見たこと...
中身を全部飲み干して空のコップを叩きつけるように机に置いた。そのまま真っ直ぐ荒北さんの前まで行って、

「荒北さん、一本付き合ってもらっていいスか」

気付けばオレは、そんなこと口走ってた。

「...おォいいぜ、来いよ黒田ァ」

機嫌が良くなさそうな荒北さんに自ら寄っていくなんて、馬鹿なことしてんなオレ。
戻って来たばっかで疲れてんだよバァカ!
と言われるだろうと思っていたのに、意外にも荒北さんはオレの誘いを受けてくれて、メットを掴んで室内練習場から出て行った。オレもメットを持って荒北さんのあとを追う。
飛び出した扉の外の傾き始めた日差しが目に痛かった。

*

「ックソ、また...」
「ハッ!まだまだだな黒田、精進しろよォ」
「ッス...」

いつものコースを荒北さんと、今日はオレが先行してて、あのコーナーさえ過ぎればこのままいけると思ってた。
なのにその手前で仕掛けてきた荒北さんにあっさり追い抜かされて、カミソリみたいなコーナリングで引き離された。そんなとこで攻めてくんのかよ、悔しいけどまだ荒北さんには敵わない。

「また負けたの?」

クォータを手で押しながら部室の前に戻ってくると、扉の前に佇む女が一人、オレに声を掛けてくる。んだよ口きかねーんじゃなかったのかよ。

「っせ」
「はい、これ」

バイクスタンドにサドルを引っ掛けて、部室に入ろうとするオレに白崎がボトルを差し出した。

「いらね」
「バカ、補給はちゃんとする、ほら」

押し付けるようにそれを渡されて、ずっとオレだけ無視してたくせに何で急にこんな施しを。オレじゃなくて荒北さんに渡しゃいいんじゃねぇの。

「...なぁお前さ」

本気であの人が好きなのか?
ガラが悪くて元ヤンで、怒鳴ってばかりのあの人の一体どこがいいんだよ。なんて聞いてどうすんだ、オレ。

「やっぱなんでもねぇわ」

言いたかった言葉の代わりにそう告げると、変な黒田!とだけ残して白崎は先に部室の中に消えてった。
夕日を浴びながら揺れる長い黒髪を見送りながらオレはボトルを握ったまま扉の前で立ち尽くす。
まさか、まさかな、そんなわけ...
あの人への敵対心が間違った方向に行ってるだけだ。
頭をもたげてきた感情が何なのか、今は考えないでおこう。そう思うのに白崎の顔が頭から離れない。
オレには見せない、あの顔が。



モノクロ*ノーツ 05
見たことねぇよ、そんな顔 / 2017.07.27

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