昨日のことは忘れろ、だ?
なんだそれ、泣きそうな顔して何でそんなこと言うんだ千歳。オレの手に絡みついてきた小さな手は少し震えていて、声だって今にも消え入りそうだ。
オレを好きになったっつんなら何で昨日のことを無かったことにしようとする、オレはお前が、

「なんちゃって!びっくりした?あははっ
 無かったことにしようよ、裕介くん...」

さっきまでの千歳が嘘だったみたいにパッと顔を上げると同時に手も離すと、千歳はにっこり笑ってはぐらかす。
それで笑ってるつもりかよ、んな辛そうな顔して誤魔化せるとでも思ってるのか。オレは絶対無かったことになんか、しねぇッショ。

「やだね、お断りだ。千歳、正直に言え
 オレのこと、好きッショ?」

逃げてった手を今度はオレが掴んで千歳を見つめる。潤んだ瞳が大きく揺れて、千歳はオレから視線を逸らした。

「っ言わない...」
「言えよ千歳」
「...お酒の勢いでなんてだらしない女だって思うよね?
 そんな女が好きとかどの口が言うんだって感じだし、
 それに...」
「...それに?」
「責任とか...そんな付き合い方、嫌...」

なにを言うのかと思えば、そんなこと。
んなことオレは思ってねぇし、千歳がその口でオレを好きだって言ってくれんなら嬉しい、心から。責任っつったのは言葉のあやっつーか、なんつーか、そう言えば千歳と一緒にいれる口実になるかと思っただけで千歳がそんなに嫌だったとは思いもよらなかったッショ。
俯いた千歳からぽたほたと雫が落ちて、オレの手の甲を濡らした。
やべッショこれ、オレが泣かせたのかもしかして。もしかしなくてもオレのせいッショ、どうする裕介!?

「...千歳、」

オレの言い方が悪かった。
責任とかどうでもいい、無かったことになんかしたくねぇ。オレは、千歳とこれからも一緒に居たいんショ。
そう言おうと思って口を開いたが、バッと顔を上げた千歳の怒声にかき消される。

「ていうか!
 私にばっかり言わせて裕介くんはどうなわけ?
 澄ました顔して余裕ぶって、
 昨日はあんなに余裕ない顔してたくせに、」
「昨日のことは忘れろ」
「ほらね!なかったことにするんじゃん!
 だからそれでって、」
「もう黙るッショ、千歳」

悲しんだり怒ったり、忙しい女ッショ。
でもまぁそういうのも嫌いじゃない。
そんな千歳だってむしろ可愛く思えてしまうのは、オレも千歳が好きだから、なんだろう。
うだうだうるせぇ口をキスで塞いで、千歳の細い身体を抱き寄せる。ゆっくり唇を離すと目をまん丸にした千歳と視線がぶつかった。
瞳はまだ潤んでいるがもう涙は出ていないようで安心した、千歳に泣かれんのはもう勘弁ショ...

「...裕っ...んんっ」

濡れた瞳に、目尻に、頬に唇を這わせて、もう一度千歳にキスをする。千歳をソファに押し倒す形でそのまま、抵抗しようとする千歳の腕の力が抜けるまでオレは千歳から唇を離さなかった。



Jack spider 16
lack of words / 2017.07.22

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