モヤモヤした気持ちを抱えたまま身支度を整えてバスルームの扉を開いて廊下へと出た。
右手の突き当たりの部屋のほうから物音がする、裕介くんはそっちの部屋にいるんだろうか?でも案内されていない部屋に勝手に入るのは気が引けるし、ひとまず裕介くんの部屋に戻って、そこに彼が居なかったら突き当たりの部屋へ行ってみよう。

「千歳、こっちッショ」
「裕介くん」

廊下を2、3歩進んだところで後ろから扉が開く音と一緒に彼の私を呼ぶ声がした。振り返ると扉を開けた裕介くんが光を背負って佇んでいる。扉の向こう側から射し込んでくる日光が緑の髪をきらきら輝かせていて、彼が女神か何かのように見えた。
当然裕介くんは男だし、女神って表現が間違いなのは分かってる。だけどなんか神々しいというか聖母マリアみたいというか、もう完全に髪型だけのイメージなのかもしれないけど、とにかく私には彼が神聖な何かに見えたのだ。私なんかが触れてはいけない領域、みたいな何かに。
綺麗だな、好きだなって思ったら自然と顔が綻んで、私は無意識に彼の名前を呼んでいた。そんな私に微笑みを返してくれた裕介くんがあんまりにも格好良くて、忘れたくないって、忘れてほしくないって思ってしまう。
昨日のことは無かったことにしようとさっき決めたばかりなのに私の意思は砂のように脆いみたいだ。どうにかしっかり固めておかなくちゃ。

「コーヒー淹れた、千歳も飲むッショ?」
「うん、ありがとう、すっごい良い香りだね」
「クハ、とっておきの豆だからな」

得意げに独特の笑い方をする裕介くんに駆け寄って開け放たれた扉の中に足を踏み入れると、そこは日の光で満ちたリビングだった。
バスルームがそうだったようにここも白を基調とされていて壁紙と右手にある暖炉とローテーブルは白、その前にあるカウチソファと大きな格子付きの窓にかかるカーテンはライトグレー。
インテリアは落ち着きのある配色で、ナチュラルウッドのフローリングがそれに暖かみをプラスしている。

「すご...暖炉、本物?」
「まさか、フェイクっショ
 そこ座ってろよ、持ってくる」

彼が指差したソファに腰掛けて前方の暖炉をよく見ると、言われた通りそれはフェイクで中で炎がゆらゆらと揺れているのに暖かくはない。本物そっくりの炎は何で出来ているんだろうか?じっくり観察するけど検討もつかない。
これを考えついた人って凄いな、なんて一人感心していたらコーヒーを持った裕介くんが帰ってきて、ローテーブルにそれを置いた。
ブルーのソーサーの上に乗った揃いの柄のコーヒーカップは縁が金で装飾されていてなんだかとってもお高そう...
隣に座った裕介くんの手元を見ると、彼はさっきと同じ白のマグカップを持っている。それと同じで良かったのに、変に緊張しながら出されたカップに手を伸ばした。

「わ、すごい!おいしいね、このコーヒー」
「とっておきって言ったッショ」
「あ、そうだ。お風呂にあったピンクのボトル、
 借りても大丈夫だった?」
「ピンク...?あぁ兄貴の彼女が置いてったヤツか、
 いいんじゃねぇの?」

コーヒーを啜りながら、さり気なくあのメイク落としのことに触れてみた。そっか、お兄さんの彼女のだったんだ。じゃあ一緒に住んでるのはお兄さんなんだ、と私はほっと胸を撫で下ろす。
あぁでも裕介くんに彼女がいるのかいないのか問題は解決していない。このタイミングで彼女いるの?なんて聞けないし、そもそも昨日のことは無かったことにするって決めたんだから裕介くんに彼女がいようがいまいが私には関係ない...けど...
落ち着いてたはずの心の中にまたモヤモヤしたものが現れて、それ以上何も言えなくなってリビングは沈黙に包まれる。
良い香りのするコーヒーは美味しいけれど、
後味だけはやたら苦かった。



Jack spider 14
bitter taste / 2017.07.12

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