「今日ね、変な夢見たんだ」
「変な夢?」

先に食事を終えた彼は優雅に紅茶を啜っていた。くしゃくしゃだった髪は整えられて、緑の髪は日光を浴びてキラキラ輝いている。
最後の一口、フォークの上に纏めたサラダを頬張って、それを飲み込んでから思い出したように私は言った。

「小さい裕介くんが、私に駆け寄ってきて抱きつく夢」
「小さいオレって何ショ」
「5歳くらいの、小さい裕介くんみたいな男の子
 さらさらの栗毛で、タレ目で、裕介くんと同じ
 泣きぼくろ付きなの。可愛いかったなぁ...」

久しぶりに裕介くんに会って、その腕の中で寝ている間に見た不思議な夢は一体なんだったんだろう。最愛の彼に似た小さな男の子は、どうして私の元に?
擬似ママ体験が出来て嬉しかったとは目の前の彼には言えないけれど、もし将来そうなれたらって思いは少しある。
良い夢は人に言うと叶わないって言うけど本当かな?だとしたら黙っとけばよかったかもしれない、これが良い夢に分類されるかはさて置いて。

「ねぇ、昔の裕介くんの写真とかってないの?」
「ねーよ、全部実家」

私も紅茶のカップに手を伸ばし、それをゆっくり口にする。ほんのり立つ湯気、熱いかなと思っていたけど飲んでみるとちょうどいい温度になっていた。
自分の小さいときの記録なんて、わざわざこっちに持ってきてるわけないか。わかってたけど、やっぱり少し残念だ。夢の子みたいに、小さい頃の裕介くんもきっと可愛かっただろうに。

「そっかぁ...ん?あれ、ここにあった薬は?」

ふと気付くと食後に飲もうと机の上に準備しておいた薬がない。元々はPMS緩和の為に飲んでたものだけど、避妊効果もあるそれは今や欠かせないもので、飲み忘れるとなると大変まずい。
水のグラスはそこにあるのに、グラスの横に置いてたはずのそれだけ無いとは、これいかに?
今日の分だけ出していたからまだシートに予備はあるものの、1つ無くなるってことは1日生理がずれるわけで、そうなると次の出張日に被ることになりそうだ。
困ったな、机の下に落ちちゃったのかな?ちらりとナチュラルウッドのフローリングを見るけどそれは見当たらなかった。

「さっき捨てた」

キョロキョロしている私に投げかけられたのは予想していなかった返答で、目線を上げて彼を見たけど裕介くんは変わらず澄ました顔で紅茶を飲んでいる。

「えっなんで!
 毎日決まった時間に飲まなきゃ意味ないんだよ、
 知らないの?もぉぉ」
「知ってるショ。でもそれ、もういらねーから」
「昨日だっていっぱい出したくせに、いらないわけ」
「もういらねーつってんショ」

中身を全部飲み干して、手にしたカップをソーサーの上に戻し、裕介くんは言い放つ。どういう意図で薬を捨てて、どういう意味でそう言ってるのか。見当が付かないわけじゃないけど、私からそれを言うのは憚られる。
裕介くんのことだから大した意味はないのかも。
過度の期待は禁物だ。
どきどきしてきた私の心臓、落ち着いて!

「...出来ちゃうよ?」
「オレ似の男の子、ショ?」

いつものようにクハッと笑って、ニヒルな笑顔で彼は言う。いやまさか...うん、そうだよ私は深読みし過ぎてる。それってもしかして、なんて思ったらダメだ。私達は今遠恋中、時差8時間の距離はどうしたって埋まらない。
残り少なくなったカップの中にポットの残りを全部入れて、濃くなった紅茶を含めば渋みが口いっぱいに広がっていく。よし、少し落ち着いた。平常心で、返さなきゃ。

「なにそれ、日本で一人で産んで育てろってこと?
 そりゃ裕介くん似の子なら可愛いだろうけどさー
 いくらなんでもそれは」
「昨日言いそびれたけど、
 来年日本に支店出すことになった」
「へ?」

渋い紅茶はそのままに、軽く笑って誤魔化した。
そんな私の言葉を遮って、彼はさらりとまた想定外のことを言う。正面に座る裕介くんは片肘を立てた上に顎を乗せて、真っ直ぐな目で私を見ている。

「兄貴からそっち手伝うように言われてる
 だから来年から日本在住になるッショ」

とんだ爆弾発言だ、今の私の顔はどんなにまぬけ面だろう。昨日裕介くんに目撃された時の非じゃないんじゃない?
言いそびれたで済むような内容じゃない!
そう言ってやりたいのに、驚き過ぎて声は出なかった。

「そしたら千歳一人じゃねぇし...
 作ればいいッショ、子ども」

私から視線をずらして恥ずかしそうに、だんだん小さくなる声と色付いていく色白の頬。
それはそういうことだって思っていいってこと?
私の反応を待っているのか、彼はこちらの様子を横目でちらりと伺ってくる。それでも何も言えない私に、眉毛をハの字に下げて微苦笑を浮かべた裕介くんは、席から立ち上がると机に身を乗り出しその手で私の頬を撫でた。

「裕介くん...」

綺麗な親指が私の唇に触れて、私の顎を持ち上げる。ゆっくり近付いてくる裕介くんは目を細めてて、これはキスをする合図。
それを受け入れるように、私は黙って瞳を閉じた。



Jack spider / seven years later 5
Jack bride -dream- / 2017.06.23

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