部屋で寝転んでガキ使を見ていると、扉が無造作にあけられる音がする。岩ちゃんが障子をあけて入ってきたのは、寝ていてもすぐに判る大きな音。玄関の扉を開ける時から、ああ岩ちゃんだって判ってしまう。ずかずかと入ってきて、遠慮なんてものを知らない足音が響いている。
襖をあける音が家中に響き渡りそうだ。俺がやったら絶対に怒られるのに、岩ちゃんがしても怒られないという理不尽さに頬っぺたを膨らまして異論を唱えたくなる時もある。及川家にとって岩ちゃんは俺の暴走を止めてくれる欠かせない家族同然だけど家族じゃない大切な人なのだ。

「初詣行くって言ったのてめぇだろうが」

そう言って岩ちゃんは俺の背中を軽く蹴った。確かに昨日、練習が終わる前に「初詣行こうね」と念を押した。岩ちゃんと初詣へ行くことは毎年のことだけど、心のどこかに住んでいる弱い俺が予約しておかないと他の人と彼は出かけてしまうかも知れないという危機感を呟いてきた。だから「行こうね! 絶対に行こうね!」と約束をしておいた。岩ちゃんは夜中に外へ出るという事を面倒そうに眉を顰めた。夜遊びをしないなんて健全な高校生だ。
何時に待ち合わせとかはしていない。例年通り紅白歌合戦が終わって数分後に岩ちゃんは俺の部屋に訪れた。誘ってきたので家の前あたりにはいるかと思っていた! と唾を飛ばされ「だってガキ使が」とこぼすと拳骨を食らった。
岩ちゃんの適当なユニクロ商品であるダウンジャケットと違って俺は紺色のコートにバーバリーのマフラーを巻いた。服装を見れば外に出る気満々で待機していたことが判るのに、岩ちゃんは寝間着の上にダウンジャケットを羽織っただけのものにすぎず、ちょっとだけがっかりしたけど、なにを着ていても岩ちゃんはそこそこカッコイイ。

お母さんに出かけてくることを告げて家を出ると、雪がうっすら振っていた。一応、傘を玄関から一本抜き取る。岩ちゃんはもう右手に自分用の傘を持っていた。
あたたまった室内と違って外は凍てつくような寒さで、風が耳を過り痛い。うう、と体を震わしていると、なぜか岩ちゃんは走るモードになっていた。ちょっと! ここはゆっくり行こうよ!
ニヤっと人を食うような笑みを残して岩ちゃんはダッシュした。呆気を取られたけど、舐めるなと地面を強く蹴りあげ、岩ちゃんのあとを追う。
待ってよ! なんて呼ばずとも、信号の赤信号で岩ちゃんは自動的に足止めされた。

「なんで走るの!?」
「寒いから。あったまるだろ」
「え―――いいじゃん別に」
「早く終わらせてぇ」
「ちょっと! 及川さんとの時間をもっと楽しんでよ」
「あ――はいはい。楽しんでる。楽しんでる」

適当に俺を交わすと信号が青に切り替わると同時に岩ちゃんは再び走り出した。今度は俺も横に並んで歩く。この信号を超えれば山の麓にある地元の神社まではすぐだ。鳥居があって、手を洗って、坂道を登っていくと本殿がある。昔とかわらない風景で、良くここに虫取りにきたことをぼんやりと思い出した。虫をとるのが岩ちゃんは絶妙に上手くて。けど、もうバレーに出会ってから、虫を取りにくるなんてことなくなって、神社とも祭りを除けば疎遠になっていった。

「着いた――」
「すぐだったな」
「まぁね。昔は遠かったのにね」

この神社にくるまで子どもの小さな世界では、ずいぶん遠くに感じたものだ。成長した今は走れば一瞬の距離になっている。参拝客は相変わらずまだらで、提灯が夜道を照らしていた。
あの小さな世界にいたときは、岩ちゃんと一緒にいるのが当たり前だった。その世界が変化していくということにすら気づいていない。幼い感情というものを持つ機能がない子どもだった。子どもの頃、虫取りをしていた幼馴染と今も友達の可能性というのは、いったいこの世の中でどれくらいなのだろうか。少なくともあまりいないだろう。大きくなると、性格が出来て、個人が誕生して、趣味や嗜好が出てくるのだから。子どもの時のまま、親しく、四六時中一緒にいるわけにいかないのが、当たり前なのに。
俺と岩ちゃんは一緒にいるんだ。
無性にそのことが嬉しくなって来年も再来年もやっぱりずっと俺は岩ちゃんとこうして初詣に一緒にくる関係でありたい。



「あっつ――」
「マフラーなんて巻いてるからだろ」
「巻いてる方が普通だって! 走るなんて予定なかったし」

口を尖らせると岩ちゃんは、ぐだぐだ言ってないで早く参拝するぞと俺の背中を叩いた。
君のその変わらない仕種に安心してカッコイイ岩ちゃん! って言いたくなると零すと、きっと照れた後に殴りかかってくる。





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