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駅前にカフェテラスを完備した美味しいお茶屋さんがあるから、そこで待ち合わせね、というメールが及川から届いたのは、影山が大学一年生になった春のことだった。
桜が満開に咲き乱れ、街路樹として設置された満開の桜の花は美しい色合いをみせて心を和ませてくれる。
店に影山が姿を現すと及川はすでに優雅に紅茶を啜っている最中であり、頭をさげた。

「久しぶり、飛雄ちゃん」
「ど――も」

ぎこちない挨拶である。
なにしろ別れてから二人が会うのは初めてのことであった。未だに変わっていなかったメールアドレスを見て影山は随分驚いた。自分元に届いた一通のメールは中学時代の自分が焦がれたものだった。

「まだあのオチビちゃんと続いているの?」
「続いてます……アイツもあれでも、でかくなったし」
「え、さっそくノロケ?」
「ノロケてません!」

結局、告白されてから三か月あたりで痺れをきらした日向が「俺って告白したよね」といって再びキスしたのが付き合うきっかけになった。自分から言い出す勇気を持てなかった影山としては、受け身で日向を待っていた形になる。
告白されてから、自分たちはゆっくりではあるが、順調に付き合ってきた。
日向は相変わらず、良いライバルでありバレーに関することでは喧嘩することもあったが(と、いうか喧嘩は日常茶飯事だ)不思議と別れるという話になったことはない。大学生になり、お互い違うチームに所属して、会えなくなっても、平気だ。試合が重なればそこで会えるし、セックスも既に経験済みだ。

「及川さんは、その、どうなんですか」
「俺? 俺はもう岩ちゃんとラブラブだよ」
「へぇ……どうでも良いです」
「自分から聞いておいて、その返事はないんじゃない。まぁ、良いけど。ラブラブだよ。昔のことが消化して飛雄と喋れるくらいになったくらいには」
「良かったですね」

昔のことを想起して、どうしようもなかった過去の自分たちの姿を思い出す。あの冷えたベッドは日向の提案で、捨てることにした。
捨てることは別に逃げじゃないといった。と、言うか俺が大王様に抱かれたことがあるベッドで影山と寝るとかなんか嫌じゃん! と爆発した日向の提案により、ベッドを解体して二人で安いベッドを購入した。高校生がなけなしの貯金を叩いて(主にバイトをしていない二人はお年玉から捻出した)買ったベッドは居心地の良いものではなかったが、初めてのセックスはそのベッドでした。

「う――ん、なんか色々喋ろうと思ってたんだけど、なんにもなくなちゃったね。過去のこと喋るの」
「そうですね」

あっけらかんとした表情で及川は告げた。
本当はもっと二人の間にあった誤解を解きたくて、当時の気持ちを素直に打ち明けたくて影山を呼び出したのに、自分たちの間に言い訳は不要だと出会う事により悟ってしまった。
悔いはないといえばうそになる。過去というのは、どれだけ消しさりたくても消えないものだ。ずっと二人のなかに残り続けるだろう。けど、過去があるから今があるのだと、認めることが出来た。

「一ついうなら、好きだったよ飛雄ちゃんってことかな」
「俺もです」
「過去形だけどね」
「俺もです」
「だよねぇ。お互い、幸せになっちゃったから」
「はい」

二人で築き上げていけた幸せがなかったわけじゃないが、今の幸せに満足している。だから、なに言わずに、笑い合った。


「日本代表入り、おめでとう飛雄。それだけかな」

及川は立ち上がり、お会計を済ます。清々しい気持ちで祝福の言葉をいえるようになったのは岩泉のお蔭だ。始めは維持でも言わずにおこうと思っていたのだが「お前はその方がすっきりするだろう」と諭されてしまい行くことにした。岩泉が及川になにかした方が良いと助言を述べるのは珍しい。たいていのことを受け止め聞き流してくれるので、はっきりとした助言は滅多にないのだ。助言がある時はそうした方が本当に良い時が多く、従う事にしている。
確かに一言述べた方が胃の中で泳いでいた嘔吐感が消化され良い物へと変わっていった。


影山は急いで注文していた珈琲を飲み干し、席を立つと「及川さんも頑張って下さい」と有名な大学バレーでレギュラーを張り、モデルとしても活躍し続けているが、代表入りを果たしていない及川に対して告げた。

「相変わらずだね、飛雄ちゃん。まぁ、そんなところも好きだったけど」

人間っていうのは簡単には変わらない。しかし、今は穏やかな気持ちで言葉を受け取ることが出来た。



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