嘘つきなベッド


クロは昔から強引だった。
強引におれのことを連れまわした。おれは家に籠ってゲームをしているのが好きだったのに。ゲームは良い。答えがあるし、何より一人で出来る遊び。誰の目線を気にしなくても、おれは教室の隅っことか、ベッドの布団の上とかに丸まって息を顰めていればよいんだ。
それなのに、クロは強引におれを連れ出すことを好んだ。漫画の主人公みたい、ゲームでいうヒーローみたいに、クロはおれが閉めた扉なんか気にせずに蹴り破ってきて「遊ぶぞ」と声を出す。え−−いやだ、という顔でクロを睨むけど効果はない。腕を掴んで外の世界へ連れ出される。
うん、けど、クロに連れ出されるのは嫌じゃなかった。
室内の溜まった二酸化炭素と人工ガスの濁った空気じゃなく、外の河原は鼻をすっと通っていくような澄んだ空気だった。クロはおれにボールを渡す。おれはそれを返す。クロがバレーをやろうと誘う。おれは、えーーという顔をしながらも、こくんと頷く。
自分でいうことじゃないかも知れないけど、おれの世界はクロで絞められていた。クロがいないと、おれは正常に呼吸ができない。
強引なクロ。
強引さが嫌いじゃない、クロ。
クロ……ーークロが離れて行ったら、おれはどうすれば良いんだろうか。





「あーー」

ぼそっと呟く。
渡り廊下のところでクロを見つけた。声をかけることもなく、じぃっとクロを見つめていると、女の子とキスしている姿が見えた。破廉恥とあとで余力があれば言ってやろう。余力、あるかな……なさそう。
高校に入学して三年生もいなくなって、バレーが退屈だけじゃ終わらなくなってきていた時期なのに、一つ悪いこと。夏はあつくて、冬は寒いことより、おれが困っていること、かも、知れない。
クロがいっぱい彼女を作るようになった。一人だけじゃない。三人くらいいる。クロは悪い男だ。女の子を手玉にとって遊んでいる。それとも、全員、本命なのか。少なくともおれには遊びに見える。
強引でカッコイ良いクロはとてもモテる。女の子からちやほやされる。おれだったら三人も彼女がいる男と付き合うのなんて嫌だけど、女の子たちは、それで良いみたい。みんなクロの彼女でいる期間は自慢みたいで、きらきら輝いて自信たっぷりに映る。
どうしてそれで良いんだろう。理解不能。クロと付き合っている女の子たちはおれが傍にいても嫌な顔、一つしないし。
おれは慣れない人がいっぱいで怖いからクロへ近づけない。怖い。怖いのに、女の子たちと戯れているとき、おれの姿が視界に映るとクロはいつもより、もっと強引におれの名前を呼ぶ。


「研磨」

って。
ほら、見つかった。
ほら、呼ばれた。
おれはぺこりと頭を下げる。クロは納得していないみたいで、おれを呼びにくる。
こっちくるなよ、睨む。ぎろり。ぎろり。

クロは平気みたい。飄々とした顔つきでおれに喋りかけてくる。女の子もクロの傍にいる。「研磨くん」って知らない人に名前を知られていて、違和感。むずむず。
クロ、なんで彼女つくったの。しかも三人も。
おれのこと、どうでも良くなっちゃったの? そのくせ、喋りかけてくるよね。わからない、クロ。おれと喋っていて楽しいのクロ。クロはおれのこと捨てるんだろうか。そもそも、幼馴染ってだけで面倒をみてくれていた、今までのほうが可笑しかったんだろうか。
おれのベッドは冷たくなったのに。クロが外へ外へ連れ出してバレーをするから。クロは今年で引退だから、バレーが終わればおれのこと、どうでも良くなって放っていくんだろうか。そのための、準備だろうか。だったら、そう言ってくれれば良いのに。
どうして、おれが傷ついた顔しているってわかっているのに、楽しそうに笑ってるの。

クロ


- ナノ -