今までもこれからも

ぽかぽかと暖かい今日、俺は一人、蝦夷の函館に来ていた。
見上げた空には雲一つない晴天で、大きく伸びをした。

「さぁ、行くか。」

電車を降りて、俺はまっすぐ歩き出した。
昔、ここで戦があった。
侍を必要としない世の中になってもなお侍の心を忘れずに戦った人達。
その中に愛する人がいた。
あいつさえいれば他に何もいらなかった。
あいつが生きて、俺の隣にいて、笑ってくれていればそれでよかった。
それだけでよかったのに。
それ以上は望まなかったのに。
神様はそんなたったひとつの願いでさえ叶えてはくれなかった。
あいつが戦で死んだと聞いた時、俺の時は止まった。
あいつがいない世界で何を想って生きればいいのか、生きる意味は何なのか、そんなことばかり考えていた。
もう、何もかも嫌になって、自分の喉に剣を刺そうとしたこともあった。
けど、神楽と新八に見られてしまい、刺せなかった。
二人は俺に抱き付いて、泣きながら”死なないで”って言ってくれた。
”こんなことしたって土方さんは喜んでくれませんよ?”
新八がそう言った時、はっと我に返ったんだ。
数分前の自分を殴ってやりたかった。
俺はあの時、土方が最後にくれた文の言葉を忘れていた。
”幸せになれ。後悔がないように精一杯生きろ”そう書いてあった。
『生きろ』
あいつの言葉を思い出した途端、ぶわっと涙が溢れた。
そんな俺を新八と神楽は優しく見守っていてくれた。
そんなことを思い出しながら歩いていたらあっという間に土方の墓についた。
高い、高い、丘の上にたった一つ墓石がある。
それが土方の墓。
俺はゆっくりと腰を降ろした。
墓石にはたくさんのお花が添えてあって、ああ土方はこんなにもたくさんの人に愛されていたんだと言うことを思い知らされた。
それは悲しくもあり、嬉しくもあった。
そんなたくさんの花の中に俺も一本のバラを添えた。
そして、瞳を閉じて手を合わせた。
瞼の裏に映し出されたのは最後に土方と過ごした日々だった。
その日は今日みたいに晴れていて、とても気持ちの良い日だった。
俺たちは手を繋ぎ、ある場所へ向かっていたんだ。
そこは、俺たち二人の想いが通じ合った海。
季節外れの海には俺たちしかいなくて、ザァー、ザァーと静かな波の音が響いていて、潮の香りが漂っていた。
そんな中、俺たちは手を繋いだまま腰を降ろした。

『銀時、』
『何?』
『...もしかしたら、これが最後かもしれない。』

空を見上げ、土方はそう言った。

『そ、んなこと言うなよ...っ』

そう言った俺の声は震えていた。

『俺もまだ、死にたくない。俺は死にに戦に行くわけじゃない。』

空に向けていた顔を俺の方へ向けて、土方はふっと笑った。
”生きる為に、戦いに行くんだ”
そう言った土方の顔は今まで見てきたどんな表情よりかっこよかった。

『...そっか、じゃあ俺はそんな土方を笑顔で見送るよ。』
『ありがとう、な銀時』

ふわりと俺のことを土方は抱き締めた。

『愛してる、』
『俺もトシのこと大好きだよ。』

チュッ

触れるだけのキスを交わした。
最後のキスはとても優しくて、暖かくて、幸せなキスだった。
そんなことを思い出していたら、ぽたりぽたりと涙が零れ落ちた。
土方と過ごした最後の日も、土方を見送った日も、泣かなかったのに。
最後に泣いたのは、土方の死を知らされた時...
あれ以来初めて泣いた。
今までだって泣きたい時は何度もあった。
けど、泣かなかったんだ。
泣いたら土方が悲しむと思ったから。
けど結局泣いてしまった。

『何、泣いてんだよ。』

風に乗って、土方の声が聞こえた気がした。
いや、”気”じゃない。
俺はばっと後ろを振り向いた。
そこには、ずっとずっと会いたかった土方がいた。

「ひじ、かた...?」
『久しぶり、だな銀時。』

ふわりと笑ったその笑顔はやっぱり俺の大好きな笑顔で...
俺は土方に抱きつこうとした。
けど抱きつけられなくて...
それは、土方がこの世にいないと言うことを改めて思い知らされたようだった。

『...銀時が泣いてるからつい出てきちまった。』
「ごめん、」

俺はそう言い俯いた。
そんな俺を土方は優しく頭をなでた。
その温もりを感じることは出来ないけれど...

「なぁ、銀時。俺は戦に出たこと後悔はしてねぇ。こうやって愛する人を、この国を守ることが出来たんだ。これ以上の幸せはねぇよ。」

土方は空を大きく仰いだ。

「この、青く果てしない空の上に俺はいるから。いつも、銀時のこと見守ってるから、だから泣くな。」
「そう、だよな。うん、もう絶対泣かない。」

さっきまで泣いていた瞳をごしごしと擦り、笑った。

『約束だぞ?』
「うん、その代わり土方も約束して?」
『出来ることなら、何でもしてやるよ。』
「えっとね、俺が精一杯生きてそっちに逝った時は出迎えてくれる?」
『んなの当たり前だ。』

その言葉が嬉しくて、俺はふわりと笑った。

「じゃあ、約束」
『あぁ。』

俺と土方はお互いの指を絡めあった。

『じゃあ、な。』

土方は最後に俺の唇に自分のそれを重ねた。
やっぱり温もりを感じることは出来なかったけど、でも、”心”で感じることは出来た。

「じゃあ、ね十四朗。」

めったに呼ばない名前で呼べば嬉しそうに土方は微笑んで、消えた。
もう一度、手を合わせてから俺はお墓の前を去った。
ざぁー、と暖かな風が吹いて、俺が添えたばらの花びらがひらり、はらり、と散った。
そのばらの散り際はまるで、土方の命のようで。
そっと、一枚の花びらを手に取った。
そして、ふっと息をはき、空に飛ばした。
俺の想いと供に...
どうか、土方に届いて。

「また、来年来るな。」

じゃあな、と手を振り、坂道を降りていった−−
土方に出逢って、初めて人を愛した。
あの人が死んだ時はもう心から”幸せだ”と思える日はこないだろうと思っていた。
あの人以外いらないと思っていた。
だけど、土方に出逢ってもう一度”幸せ”を手にいれた。
人を”愛する”と言うことを知った。
土方との恋愛は暖かくて、優しくて、そして、切なくて...
もう二度とこんなに誰かのことを愛することは出来ないだろう。
もう二度とこんなに誰かに愛されることはないだろう。
それでいいんだ。
今までもそしてこれからも俺は土方だけを愛す。
俺が死んだ時は土方が出迎えくれて、また空の上でも愛し合うんだ。
少しの間、会えなくなるけど、寂しくなんてないよ。
だって、土方はこの果てしなく続く空の上にいるから...

今までもこれからも

(たくさんのことを教えてくれたあなたへ)
(ありがとうを、)









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