朱に染まる水平線

「はい、給料。」

分厚い茶封筒を渡され、俺はそれをそっと懐にしまった。
この夏、俺は西郷の所でバイトをした。
出来ればこんな所でバイトなんてしたくなかったけど、夏に子どもたちをどこにも連れていけないなんていうのは嫌で嫌々ながらも働いた。
給料はいいしな。

「どこ、連れて行くのよ?」
「んー夏だし、海連れてってやりてぇなって思って、江の島に行くことにした」
「へぇ。良い所選んだじゃない」
「まぁな。んじゃあ、そろそろ行くから」
「また、いつでもバイトしにいらっしゃい♪」
「気が向いたらなー」

適当に返事をし、俺は万事屋に向かった。
万事屋の扉を開ければ居間からバタバタと走ってくる音が聞こえた。

「銀ちゃん!!」
「おーたでーまー」
「ここ最近毎日毎日朝帰りアル。何してたアルか?!」

俺はふっと笑って、3枚の切符を見せた。

「何アルか?」
「新八来たら旅行行くぞ。日帰りだけどな」

そう言えば、怒っていた神楽の顔は一気に笑顔になっていった。

「もしかして、旅行行くためにバイトしてたアルか?」
「おう。3人で夏の思い出作りたくてな」

だから、銀さん頑張ったんだぜそう付け加えようとしたけどその言葉は神楽が抱き着いてきたことによってさえぎられた。

「銀ちゃん大好きアルっ」

幸せそうに笑う神楽を見て、あぁバイトしてよかったな、なんて思った。
しばらくすると玄関が開いて、新八が入ってきた。

「玄関先で何やってるんですか?」
「新八!今から旅行行くアルっ!!」
「え、どういうことですか?」

いきなりの“旅行”と言う言葉にいつも冷静な新八もさすがに驚いていた。
短く説明をすまし、新八も神楽と同じように喜んでくれて・・・
さっそく準備を始め、俺たちは江の島へと向かった。




長い間電車に揺られ、着いた場所は青い、青い、海が広がっていて風情ある島だった。
初めての土地に俺たちは感動の声を上げながら、さっそく江の島を上り始めた。
頂上まで行くにはずいぶん時間がかかり、着いた頃にはすっかり青空は茜空になっていた。
洞窟の横にある階段を下り、岩場に行けばすぐそこに海がある。

「すごいアル!海が近いネ!!」
「すごい迫力ですね!!」
「これは、本当すげぇな・・・・」

もう、後一歩行けば海の中という所まで来て、俺たちは相模湾を見つめた。

「江戸の海とは全然違うな」
「比べものにならないネ」
「本当ですよ。僕、こんなにはっきりと水平線見たの初めてです」

“水平線”
俺は昔、故郷で松陽先生と高杉とヅラと一緒に見たことがある。
あの時も確か空は茜色だった気がする。
あの日以来水平線を見たのは初めてで、場所も違えば、一緒に見ている人も違う。
それが時代の移りを感じさせ、少し寂しくなった。
だけど・・・

「いつの時代も水平線の美しさは変わらねぇな」
「銀さんは見たことあるんですか?」
「小さい頃に一度な」

あの時は、初めて見るそれに感動して涙が出たっけ。

「二度目の水平線を1人で見ることにならなくてよかったよ」

今、生きるのに必要な大切な人とこうして水平線を見ている、それはあの頃と変わらない。

「私、初めての水平線このメンバーで見れてよかったネ」
「僕も嬉しいです」

ふわりと笑いかけて来た2人を思わず俺は抱きしめた。
その小さな身体はとても愛おしくて・・・

「もう、どうしたんですか銀さん」
「何でもねぇ」
「変な銀ちゃん」

何でもない。ただ、無性に抱きしめたくなったんだ。
初めて水平線を見たあの日、松陽先生が抱きしめてくれたように・・・

「・・・よし!夕飯食いに行くか」

俺はそう言って2人から離れた。

「そうですね!お腹すいてきました」
「やっほーい!江の島と言ったらしらすアル!!早く行くアル!!」

神楽はそう言うと階段に向かって駆け出した。

「神楽ちゃん走ると危ないよ!」
「大丈夫アル〜!!」

結局、注意した新八も走り出して、そんな子どもたちに俺は後からゆっくりとついて行った。
階段を上る前にもう一度、海を見た。

・・・・いつか、この朱に染まる水平線を幼馴染たちとそしてこいつらと一緒に見てみたいと思いながら。








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