赤と青の夢現


補給の為に立ち寄った港で船を降りた。
何時もならばまっすぐに酒場へと向かうのだが、今日はどうも気分が乗らない。
てっきり何時もの様に酒場へと向かうと思っていた船員が、ふらりと別の方向に足を向けたシャンクスに「お頭ードコ行くんですかー」と声をかける。
それにシャンクスは、ひらりと後ろ手に手を振るだけで答え、港の喧騒とは真逆の静かな住宅が密集している場所の方へと向かって行った。

何故そんな気が起きたのかは分からない。ただ何となく町をぶらついてみたい様な気になったのだ。
港から少し陸地に入ると、そこはもう細い路地が入り組んだ住宅街で、路地を歩くシャンクスの頭上には洗濯物がはためいていた。道端では子供達が追いかけっこでもしているのか駆け回って遊んでいて、その1人がシャンクスに軽くぶつかる。
「ごっ、ごめんなさい」
「いや。大丈夫か?」
ぶつかって転んだ子供を立たせてやると、その子供は途端にきらきらと瞳を輝かせた。
「おじさん、海賊?」
「いや、おにーさん、な」
『おじさん』を訂正させて、そうだな、と頷くと、子供達がわっと集ってきた。これでも少しは名の知れた海賊で名前を聞くだけで逃げ出す輩もいるのだが、子供達にはそんな事は関係ないらしく、海の事や宝の事など瞳を輝かせながら聞いてくる。
そんな子供達の相手をしながらふと顔を上げて、シャンクスは目を見張った。ドクリ、と心臓がひときわ大きく跳ね上がる。
路地の向こうにちらりと見えた後ろ姿。
鮮やかなブルーの髪をしたその少年の後ろ姿は、自分の記憶の中の少年と恐ろしく酷似している。
「あ…っ」
思わず手を伸ばし、気がつくとその後ろ姿を追っていた。
「…っ」
言葉を詰まらせながら、少年が曲がった路地を曲がる。しかし、そこには誰もおらず、がらんとした少し広いめの道がまっすぐに走っているだけで。
「…バギー?」
思い出の中の少年の名を口にして、シャンクスは頭を振った。
そんなこと、ある訳がない。
さっき見えたのは、明らかに少年だった。
バギーは自分と同じ年くらいだったはずだ。
10数年前、一緒にロジャーの船で見習いをしていたバギーは、ある事件がきっかけでさよならさえ告げる事が出来ずに船を降りていた。それ以降、バギーとは会っていないが、今見たのは、あの時のバギーそのままの姿のように見えた。
そんな事、あるのだろか。
見間違いだと考えるのが一番妥当なのは分かっている。けど、あのバギーを自分が見間違うはずはない。
別れて何年経とうと、どんなに姿を変えようと、バギーは必ず分かるという自信がある。
あれはバギーだった、と己の直感はそう告げている。けれど、10代半ばの、見習いの頃と変らない姿、なんてことはやはり考えられない事だ。
ぐるぐると思考が頭を回る。でもそのどれもが上手く当てはまらない。
気がつくと、先ほどまで自分を取り巻いていた子供達がぱたぱたと駆け寄ってきた。どうかしたのかと見上げる子供に、視線を落とす。
「あっと、さっきを曲がっていったヤツの事、知ってるか?」
ブルーの髪をした、と聞いてみるが、子供達はシャンクスに夢中で誰も見ていなかったようだ。そうか、と肩を落としたが、1人がここを曲がっていったのなら、と声を上げた。
「ここを曲がって行ったんだったら、バギーじゃないかな。この道をまっすぐ行った丘の上に住んでるんだ」
「…そうか」
子供達にありがとよ、とだけ言うとシャンクスは踵を返した。



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