Jea-lou-sy-?


 出航間際の船内は何かと忙しい。一度海へ出れば少なくとも数週間は陸に上がらないのだからその間の消耗品の仕入れは膨大なもので、それこそ見習いも船員も関係無しに準備に追われ船内を駆け回るのだ。そんな中で唯一のんびりとしているのは一番忙しいはずの船長くらいのもので、その船長は船内を見回っているのかそれとも邪魔して回っているのかといった様子で、さすがというかなんというか。
 ともかくも、見習いであるバギーも雑用を押し付けられパタパタと船内を駆け回っていた。
 今日は朝からやけに忙しい。出航前が忙しいのは何時もの事だけれど、それにしてもあれをやれこれをやれと言われる事が何時もより多い気がする。今もロープを片付けた後は甲板に積んである食材を倉庫に運んでおけと言いつけられたし、その後にも仕事は山積みだ。何故今回に限ってと首を捻りつつ、それでもバギーは黙々と仕事をこなしていく。忙しいのは忙しいが、これまた何時もと違い何となく周りが静かで仕事がしやすいのだ。その事にも首を捻るが、そっちの方はあまり気にならない。多少の違和感はあるけれど、仕事がしやすいのは良い事だ。
「ヨシ、と」
 ロープを片付け終え、次は甲板だと踵を返した。甲板に出てみれば、食材の箱は分かりやすく甲板の真ん中に積まれていて、この量を全てひとりで運べというのかと多少げんなりしたところで何となく纏わり付いていた違和感に気が付いた。
 そういえば、あのうるさい、赤いのが、いない。
 思い返してみれば、今日は朝会ったきりで見かけてなかった様な気がする。
 何時もうるさいくらいにべったりくっついているあのシャンクスが、今日に限って見かけていないというのも変な話だ。出航前の忙しい時だって悪目立ちするあの赤い髪と麦わらは、ちらちらと鬱陶しいくらい視界の中に入ってくるのに。
 そうか。自分がこんなに忙しいのは、つまりはあの小うるさいシャンクスが居ないからか。
 シャンクスが何故船にいないのかはさて置き、自分がこれほどまでに忙しいのはあいつの仕事まで押し付けられているからだ、というのは理解出来る。となると、途端に憮然としてくるのがバギーで、ふつふつとわき上がる怒りにむっつりと目の前の食材の山を睨み付けた。
 あのハデバカ野郎。このクソ忙しい時に一体どこで何やってんだ。
 誰にという事もなく悪態を吐くと、バギーはちっと舌を鳴らした。何故自分だけが、と思うものの、だからといって文句を言ったところで仕事が無くなる訳でもないので、仕方無くバギーは食材の箱に視線を戻した。
シャンクスが帰ってきたら他の仕事を全部押し付けてやる。
 そう思いながら箱に手を伸ばす。しかし向こうから名を呼ばれてバギーはくるりと振り向いた。
 見ればロジャー船長が自分を、というか、自分とシャンクスを探している。
「何すかー?」
 バギーはとりあえず荷物を置いてロジャーの元へと向かった。甲板をうろうろしていたらしいロジャーは、バギーを見るとおやと首を傾げた。
「バギー、シャンクスはどうした?」
「…知りません」
 そんな事、こっちが聞きたい。
 と思ったけれど、さすがにそう言い返す訳にもいかず、憮然と答える。
「何だ、どこ行きやがったんだアイツは」
 こんな忙しい時に。と、ぼやくロジャーと一緒になって首を傾げると、横からひょこりと誰かが顔を出してきた。
「シャンクスなら今朝から街に行ってるぜ」
「は?何だそれ?」
「何でも大事な用があるんだとよ」
 そう言った丸いサングラスをかけたクルーは意味ありげに口角を引き上げニヤリと笑った。
「あぁ?ンなもん100年早いっつーんだ」
 全く最近のガキは。
 そう言って腕を組み眉を寄せてみせるロジャーだが、そのわりにはにやにやと楽しげだ。まるで何か悪戯を思いついた子供の様なその顔を横目で見ていると、ロジャーがぽんとバギーの頭に手を乗せた。
「バギー、邪魔して来てやれ。というかとっとと呼んで来い」
「はぁ…」
「こっちの荷物は戻ってきたシャンクスに運ばせるから」
 そう言って意地の悪い笑みを浮かべるロジャーに、バギーもにっと笑い返す。
「ハイ!」
 言うが早いかバギーは踵を返すとバタバタと甲板を通り過ぎ桟橋へと走っていった。



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