コールド


自分では無い誰かの身じろぎに浅い眠りが邪魔された。
とろとろと勝手に持ちあがる瞼に内心で悪態を吐きながら重い頭を動かせば、鼻先にカサリと触れる柔らかな感触と鮮やかなブルーが目に入った。
「バギー…?」
まだ眠ったままの掠れた声でそのブルーの髪を持った同じ見習いの名を呼んでみる。けれどバギーは深い眠りについているのかウンと小さく唸っただけで規則正しい寝息を繰り返していて、シャンクスの声には答えない。
広い様で狭い船内。居住区は限られた空間しか無く拡張出来ない為か、見習い2人は半分物置の様になっている狭い部屋を割り当てられていた。その内作ってやると言われているベッドはまだひとつしか無く、シングルサイズのベッドを2人で分け合って使っているという状態だ。だから、眠りが浅いと相手の身じろぎひとつでこんな風に目が覚める事もあった。
起きている時は顔を合わせれば何かと言い合う事の多いシャンクスとバギーだが、さすがに眠る時まで喧嘩する事はない。そもそも、昼間は雑用が多く船の上を走りまわったりしているのだから、夜になるとぐっすり眠ってしまう事が多いのだ。
しかし、どうやら今日のシャンクスは眠りが浅かった様で、バギーの僅かな身じろぎに目が覚めてしまった。明日は早番だから早々に寝てしまいたいのだが、そう思うと逆に目が冴えてしまう。それに、今は冬島の近くを航海中でかなり寒く、毛布から出している顔や鼻先が冷たくなっていて更に目が冴えて眠れなくなるという悪循環に陥りそうだ。
せめて寒さだけでも何とかしなくてはと毛布を掴むと、ごそりとバギーが身じろいだ。額をシャンクスの顎先に付ける様にして寄り添ってくる。
そのバギーの動きに自分の手を止め、そろそろとバギーの顔を覗き込んだ。
「バギー?」
呼んでもバギーは答えず、聞こえてくるのは先程と変わらぬ規則正しい寝息のみで、シャンクスは、ほうっと息を吐いた。その息が瞬く間に白く凍って空中に溶ける。
バギーは、この寒さの中で無意識に暖を求めてすり寄ってきたのだろう。普段は寄るな近付くなと言ってシャンクスを遠ざけようとするのに何だよ、と思う反面、こうやって無意識に寄ってくるバギーにシャンクスの中でほわりと何かが灯った様な気がした。
寒さに耐える様に背を丸め、抱きこんだバギーの両手は手袋がはめられたままだ。バギーの指先はシャンクスの手よりも何時もずっと冷たくて、気温が低い時は手袋をしていなければ冷えて動きが悪くなるのだという。足先も同じ様に冷えるらしく、靴下をはいたまま寝ているのかも知れない。
シャンクスは、そっとバギーの手に触れてみた。手袋越しにでもそこがシャンクスの手よりも冷たいのが分かる。
それに眉をしかめ、シャンクスは毛布をかぶり直すとそろそろとバギーの背中に手を回した。そっと抱き寄せるとぴたりと寄り添い、冷え切っている指先を自分の胸元に押し付ける。
バギーの体温が布越しにじわりとシャンクスの身体に沁みわたっていく。自分の体温よりも幾分か低いそれにふるりと背筋が震えるけれど。
でも。
「あったかい…」
全てを自分に預ける様にして寄り添った身体からじんわりと温もりが湧いてくる様だ。同時に、胸の内側にさわさわと淡いさざ波が立つようなむずがゆさを感じて、またほわりと身体の中が暖かく、熱くなる。
この感覚が何なのか。分からないけれど、でも嫌なものじゃない。むしろぎゅうっと抱きしめたくなるようなもので、シャンクスはそっとバギーを見下ろした。
その閉じた瞼を彩るまつげも、髪と同じ色なんだな、なんて。
そんな事を思いながら、ようやくやってきた眠気に身をゆだねる。
しばらくすると、気持ちよさそうなふたつの寝息にしんしんと雪の降る音が重なったようだった。



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バギさんが冷え性だったら可愛いかなぁ、と