白野さんが結婚したことを一番驚いたのは白野さん本人だった。
大きくて真っ赤な鼻の白野さんは、20年前に奥さんと別れてからこれまでずっと一人だったし、丸く太ってしまった自分はもう結婚出来ないだろう、と思いながら毎日本屋で働いていたからだ。
白野さんが結婚したのは、近くのアパートに住んでいた10歳と少し年下の、栞さんという女の人だった。
華奢で美しい栞さんには小さな女の子がいて、宮子ちゃんという名前だった。
宮子ちゃんは、まだ知り合って間もない頃から、白野さんの赤い鼻とぷっくりしたお腹が大好きだった。
白野さんは子供が大好きだったので、よく宮子ちゃんにお菓子をあげたり、時には休日に公園で遊んだりもした。
そして、白野さんは読書好きな人にも優しかったので、本が好きな栞さんとも仲良くなった。
それから少しして、白野さんと栞さんは結婚することになった。
白野さんの前の奥さんよりも、ずっと優しくて綺麗だったから、自分なんかで良いのだろうか、と思った。
結婚式はしないつもりだったけど、宮子ちゃんがどうしてもとせがむので、小さな式を挙げた。
真ん丸なお腹の白野さんが白いタキシードを着ると、絵本に出てくる偉い人のようで、絵本が好きな栞さんは喜んだ。
それから、栞さんと宮子ちゃんは白野さんの大きなお家に住むことになった。
お庭があって、季節ごとに色々な花が咲くそのお家に住めるのを一番喜んだのは宮子ちゃんだった。
白野さんの本屋の仕事は栞さんのおかげで少し楽になった。
そして、その分余った時間は宮子ちゃんとおままごとをしたり、二人で絵本を読むことに使われた。
おかげで前より忙しいくらいだったけど、白野さんは別に嫌じゃなかった。
最近白野さんが寂しいと思うことは、宮子ちゃんが白野さんを「シラノさん」と呼ぶことだ。
栞さんは白野さんのことをもう「あなた」と呼ぶが、宮子ちゃんはいつまで経っても「シラノさん」のままだ。
でも、もうすぐ宮子ちゃんは小学生になって、白野さんはランドセルや文房具を買うのに忙しくなる。
その内、白野さんは「シラノさん」じゃなくなるだろう。
ようやく家族になって、これから出来ないことや我慢することがたくさんになるだろう。
けれど、白野さんはそれも中々悪くない、と思った。
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