あの美しい女がやって来たその冬は、いつもより乾いていて、重たい鉛色の雲が村を覆っていた。
丘の上の古びた大きな風車は、ぎしぎしと押し潰されそうに立っていた。
女はとても不思議な人物だった。
小さなトランクにフリルのドレスをいっぱい詰め込んで、何処からともなく現れた。
しかも、誰に問われても決して名前を答えようとはしなかった。
烏の濡れた羽根のような黒髪と、地平線に燃える夕日みたいな橙の目をしたその女は、村の酒場を訪れてそこで働きたいと頼み込んだ。
酒場の夫婦は悩み、その美しさの価値を考え、結局女を雇った。
女が人の目を惹き付けるのに、そう時間はかからなかった。
給仕をしながら、踊り子のように酒場の真ん中で舞う女を見るため、毎夜村中の男達がやって来た。
その花のかんばせは、何処かで見たようなつるつるとした美貌だったが、何処で見たのかを思い出す者は誰もいなかった。
女は陽気で明るく、尻軽だったために、毎晩酒を呷り違う男と枕を交わした。
酒場の二階の小さな部屋は、さながら娼館のようであった。
ふわふわのドレスと葡萄酒と男達に埋もれて、女は益々美しく磨かれていった。
そして何時しか、女は子を身篭った。
父親はきっと、ミニチュアの娼館を訪れた客の誰かだった。
女は日に日に膨れていく腹を、しなやかな手で愛おしそうに撫でた。
一切の客を取らず、酒場にも現れず、女は小さな部屋のベッドの上で静かに過ごした。
酒場の夫婦は、女に子供を堕ろすよう詰め寄ったが、女は頑なに拒んだ。
その内、女の元に一人の男がやって来るようになった。
その男は遠い東の国からやって来た男で、髪も瞳も夜のように真っ黒く、肌は村の人々と違って黄色かった。
村人達はその奇妙な男を、大方女の元に通っていた客だろうと噂した。
男は召使いのように女に傅き、朝も夜も献身的に世話をした。
女はベッドの上で幸せそうに、産着を縫ったり、産まれてくる子の名を考えた。
酒場の夫婦は男から金を受け取っていたので、文句は言わなかった。
とうとう、その日はやって来た。
雪が静かに舞う夜、女は子を産み落とした。
女のベッドの周りには、酒場の夫婦と、異国の男と、助産婦がいて、何かを恐れながらそれを見守っていた。
産まれた子等は双子で、片方は女、もう片方は男だった。
恐ろしいことに、どちらの赤子も花のかんばせの面影を受け継いでいた。
震え上がった助産婦は、その子の片方をそっと絞め殺した。
それに気付いた女は泣き叫び、男は何事か喚きながら助産婦から赤子を取り上げた。
それから女は、死んだ子に付けるつもりだった名前を呟きながら、日に日に死に近付いていった。
男は、生き残った赤子の世話をしながら、女を慰め励ました。
けれど女はベッドから起き上がれない程弱っていた。
子を産んでから三月たった新月の夜、女は自分の本当の名前と母親の名前を男に告げて、眠るように死んだ。
男は枕元に涙を落とし、さようなら災厄、と呟いた。
災厄の葬式は男がたった一人で行なった。
赤子を背負いながら、男は棺を森の近くへ埋めた。
墓石に名前は刻まず、代わりに彼女の為に買った橙の宝石を填めた。
その後、災厄の古い知り合いがやって来て、赤子を連れて大きな街へ帰っていった。
男は、赤子の頬にキスをして、街へ向かう馬車を見えなくなるまで見送った。
最後に、赤子に付けられたこの世で一番美しい名前を呟いて、男は村へ戻った。
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