いつの間にか指を切っていたので、絆創膏を貰いに保健室へ行った。

中へ入ると、椅子はあらかた埋まっていた。何でも、体育で無茶をした連中が怪我をしたらしい。よく見ると全員年下だった。
仕方なくベッドに座って待っていると、背後からか細い腕に絡め取られた。後ろでベッドと金属の軋む小さな音がする。
振り向かずともわかる。あいつだ。
何とかカーテンを閉めると、見計らったように奴は俺の肩に顎を乗せた。

「大原」

あの甘ったるい声が耳元で響く。うっかりぞくぞくしてしまいそうだ。
何とかそれに抗い、絡みつく身体を引き剥がした。
ちゃんと座らせて、真っ正面から向き直る。
硝子玉のような眼が熱を帯びていた。
「竹崎」
「なに」
「ここがどういう場所か知ってるよな」
俺が問うと、竹崎は小首を傾げて言った。
「隠れるところ」
予想通りのまるで分かっていない答えだった。
「違う。手当てをする所だ」
俺がそう答えるや否や、竹崎は冷たい手で俺の頬をなぞった。
「あれは手当てじゃないよ」
「じゃあ何だよ」
「さあ、分からない」
油断していた。
つまらない問答を重ねる内に竹崎は近づいていた。
気付かぬ内に膝の上に跨るようにしてキスをされていた。
重さは感じなかったが、熱は感じた。今度は即効性の毒だ。
ぐらりと身体が倒れる。
自然にベッドの上で仰向けになっていた。
「こういうのが手当てでしょ」
悪びれもせず竹崎は俺の胴に跨ったまま顔を覗き込んでくる。
何かがぐずぐずとうずく。だけど今は何も出来ない。
「……毒殺の間違いだろ」
「何で毒なの」
「それは……何となくだ」

甘い香りがした。
そういえば青酸カリも甘い匂いがするらしい。
じゃあこの猛毒も甘い香りがするだろう。
もっとも、一瞬じゃ死ねない。じわじわと這上がってくるようにたましいを蝕んでゆく。

再び唇がかさねられた。さっきよりも深く。
こんな所を見られたら何を言われるか分からない。
必死で心地よい毒から抜け出すと、突き放すかわりに顔をそらして細い身体を抱きしめた。

「大原」
「今はやめてくれ」
「どうして?気付かれないよ」
「俺が嫌なんだ」
竹崎は純粋だ。
それは汚れていないという意味ではなく、自分の欲望に忠実だということだ。
「ぼくのこと嫌いなの」
「違う」
「じゃあどうして」
俺は黙った。
気付かれたら嫌だ、なんて考え竹崎には通用しないだろう。
そう言った瞬間奴は俺の理性をどうにか吹き飛ばしにやって来る気がする。それだけは御免だ。
「……教えてくれないんだ」
花のような香りが揺らぐ。空気がふわりと動く。
竹崎が起き上がったのだ。

「いくじなし」

美しい、けれど冷たい声が心を貫く。
それだけで心が痛むなんて、毒が回ってる証拠だ。
けれど、甘くて芳しい毒の蜜だから逃れられなくて当然。

竹崎が次の言葉を言う前に、俺は竹崎を抱き寄せてその形の良い唇にキスをした。
それから何かを抑えるようにその華奢な身体を強く抱きしめた。
「いたいよ」
「ごめん」
嫌われたくない。
おかしなことに俺は今そう思っている。どうしてだろう。
「大原」
甘ったるい声が耳朶を震わす。これは毒だ。

「だいすきだよ」

その心地良い毒が頭に回っていくのを感じながら、腕の力を少し緩めた。
花の香りを肺の中に吸い込みながら、まだ溺れていくのだろうなあ、と思った。





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