桜散る

「何か……お探しですか」

気が付くと私は、その女に声を掛けていた。
山中、桜の大樹の根本を懸命に掘り返す女など、無視して通り過ぎればよかったものを、と今は思う。
しかし、私の好奇心は女が何の為にそんなことをしているのかを聞かずにはいられまい、と囁いた。

ゆっくりと振り返った女は、私を見て怪訝な顔をした。
「し、失礼、私は怪しい者ではありません。その、お困りのようでしたので」
女はそれを聞いて、顔をほころばせた。
匂い立つような美しさだった。
「まあ、そうでしたの。それならご心配には及びません」
女は大きなショベルを根本に静かに置くと、軽く頭を下げた。
改めてその姿を見ると、長く艶やかな黒髪も、色白の頬も、薄紅の羽織も、桜色の着物もところどころ泥が付いている。
汚いというより、哀れに見えた。
「それは良かった。しかし、ご婦人の腕では大変な作業でしょう」
「そうですね、少し。でも、これは私がやらなくてはいけないことですから」
「やらなくてはならないのですか」
私がそう言うと、女は困ったように笑った。
「ええ、謝らなくてはいけないのです」
「謝る……とは誰にですか」
「私の大切なひとです」
私はよくわからなかった。
女が言ったことと、桜の根本を掘ることに関連性を見出せなかったのだ。
「私はあのひとに酷いことをしてしまったから……」
そして女は、何処か遠い所を見つめるような眼差しで、桜を眺めた。
「ですから、私はあのひとを探し出して謝らなくてはいけないのです」
私の方を振り返った女の髪が、桜の花片と共に強い風になびいた。
柔らかな微笑みなのに、何故だか恐ろしく感じた。
「そうですか。いや、そのようなところに失礼しました」
私はそう言って、足早に山を下った。
風呂敷に包んだ、友人が私に作ってくれた茶碗を壊さないように。

帰る途中、何本も咲き誇る桜を見た。
薄紅の嵐に、その妖しげな気に、私はあてられていた。

くらくらと、頭が揺れる。
酷い眩暈の中、私は女が何をしていたのか理解した。
同時に、あの桜が妖しく美しく咲いていた理由も。

何故だか私は、急に妻と話したくなった。





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