青葉闇
深緑の葉が茂った木の下で、青年が少女を描いていた。
イーゼルに置かれた白いキャンバスに、リズム良く絵の具が乗せられていく。
時折、風が彼の髪を気まぐれに揺らす。
彼は少し煩わしそうに髪を掻き揚げながら、少女をじっと見ている。
しかし、少女は青年など見てはいない。
否、その瞳には何も映ってはいなかった。
まるで死体のように、生気など微塵も感じさせずに、ただ立っているだけ。
その整った顔には、何の感情も浮かんでいない。
青年はそんなことお構いなしに、日本人形のように美しい少女を描いていく。
流れる黒髪を、
それを彩る紫のリボンを、
しなやかな長い睫を、
潤んだ漆黒の瞳を、
蝋のように白い頬を、
花の蕾のような唇を、
その身に纏った薄紫の着物を、
組まれた細い指を、忠実にキャンバスへと再現していく。
彼女は此処には存在しない、と友人達は彼を諭した。
彼にも、彼女が何かは分からなかった。
だが、彼はそれを気にせず、彼女を描き続けている。
丸い眼鏡の奥から、恋慕に似た視線で彼女の姿を見つめ続けている。
彼はきっと己の命の限り彼女を描き続けるのだろう。
そして、彼は永遠に未完成の絵画に埋もれて死んでいくのだろう。
だって、彼は彼女に恋をしてしまったのだから。
青葉の陰に包まれて、彼は彼女が微笑むその時を待っている。
永遠に待ち続けている。
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