私の名前は、少女37号。
この世にたった100体だけの、本物の少女である。

古い洋館の地下室で私達は暮らしている。
99人の姉妹達と、優しく厳しいお母様と一緒に。

お母様は私達に、少女としての心得をいつも言い聞かせている。

「少女たるもの、むやみに動いてはいけません」
「はい、お母様」

そう、私は動いてはいけない。
透き通った硝子匣の中でじっとしていなくてはならないのだ。

「少女たるもの、知らない人と口を利いてはいけません」
「はい、お母様」

勿論、どんな人が外から話しかけてきても答えてはいけない。
見知らぬ人間と話すのは罪なのだ。

お人形のように静かに動かずに。
クラシカルでデコラティブなドレスに身を包み、お菓子と紅茶だけを食べて生きる。

レースとお菓子と、美しいもの。

それだけが本物の少女に必要なものだ。

「わたくしは、世の中を美しく彩る為に、貴方がたを貸出しています。世界を明るく出来るのは本物の少女だけなのです!」
「はい、お母様」

完璧だからこそ、私達は皆のものだ。
誰か一人のものじゃない。
色んな人と一日だけ過ごし、次はまた違う人の所へ行く。
もし一人だけに独占されることがあったなら、それは魂の堕落であり罪である。
愛欲は地獄行きだとお母様は言っていた。

これまで何人もの姉妹がその罪を得て廃棄処分にされてきた。
生きたままバラバラになって、少女でいられなくなる。
とても怖いことだった。

愛欲は業。
恋は大罪。

分かってはいる。
分かってはいるのだ。

でもね、抗えないの。

突然。
がしゃん、と硝子の割れる音がした。
それから眩しいランプの光。きゃあきゃあと、さえずりのような姉妹の悲鳴。

「ミーナ!」

耳に心地よく低い、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ある日、逃げよう、と言ってくれた優しい声色。
目を向けると私とは違う大きな体。
彼は約束通り、迎えに来てくれたのだ。

「トーヤ!」

脆い硝子匣はトーヤの手にしたハンマーで粉々に砕かれ、私の目の前には骨ばった右手が差し出された。
その手をとるか一瞬迷って、でもそっと自分の手を添えた。
トーヤの日に焼けた皮膚が、笑顔と一緒に明るく輝いた。
私も、自然と笑顔になった。

「37号!貴方は罪人!汚らわしい雌猫!貴方は……少女失格です!」

一歩踏み出すと、背中からお母様の金切り声が聞こえた。
恋をした少女はたくさんいたけれど、硝子匣を叩き割るような恋人はまだ会ったことはないのだろう。

私はもう、純潔で純血の少女じゃない。
恋を知った、ただの女の子。

「ええ、そうよ!私はもう少女じゃない!」

閉じ込められることも、縛られることもない。
同じように形式的な毎日を過ごすこともない。

「だから私は37号じゃない!」

ぎゅうっ、とトーヤが私の手を握った。
びりびりと、私の心に電気が走った。
初めて貸出された時から、変わらない胸の高鳴り。

「私はミーナ!トーヤの……たった一人のお姫様!」

私の声が、地下の石壁に谺する。
それがお母様に届くか届かないかの内に、私とトーヤは駆け出した。

重苦しい靴も、飾りもみんな脱ぎ捨てて。
痛い程に手を繋いで。

ああ、君となら。
私きっと、何処までも駆けて行けるわ。





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