乾いている。

彼女の家は、生きているものの潤いというやつが感じられない。

乾いた庭、乾いた床、乾いた壁、乾いた襖。

何もかもがかさかさしている。

そんな空間の奥に彼女は独りで住んでいる。
彼女もまた乾ききって。
日がな一日、書物と文字の海に溺れているのだ。

「ふみ、入るよ」

一応襖を叩いてみるが、返事はない。
何時ものことだからあまり気にしないが、やはり同年代の女子の部屋に断りなく入るのは気がひける。

すらり、と襖を滑らせると、予想通り部屋の中は書物で散らばっていた。
絵本から専門書まで、ありとあらゆるジャンルの本が彼女の長い長い黒髪に埋もれるようにして点在している。

部屋の主はと言うと、タイトルが英語で書かれた分厚い緑の本を、開いて顔に被せてぐっすり寝ていた。
手を胸の上で組み、直立不動の姿勢である。

「ふみ、僕だよ。起きてよ」

揺すったり叩いたりしてみるが全く起きる気配がない。
何時ものことだからもう慣れたが、やはり釈然としない。
「ふみ」
返事はない。
「……ふみが食べたがってただし巻き作らないよ」

僕がそう言った途端、ふみは突然起き上がった。
分厚い本は畳の上に落下して鈍い音をたてた。

「……食べ物の恨みは恐ろしいぞ」
「おはよう、ふみ」

起きてからの第一声がこれとは、幼なじみながら色気の無い女だと思う。

「……青葉」
「何だよ」

ふみに真正面から見つめられてどきりとした。
色気はないけど綺麗ではあるのだ。
長く長く伸びた黒髪にしなやかな手足。
病的な白い肌と大きな黒い瞳。
そして、右の泣き黒子と長めの下まつ毛が、ふみの容姿をさらに華やかにしている。

「眼鏡」
「は?」
「眼鏡を取ってくれ」

しかし、僕の感想なんて知るよしもなくふみは無表情で言った。
僕は渋々眼鏡を拾って渡した。俗に言う瓶底眼鏡というやつである。
ふみは自分の派手な容姿を全く気にせず、分厚く大きな眼鏡をかけた。

「台無しだね」
「む?何がだ」

その大きな眼鏡も、その口調も、生活スタイルも。
みんな、おかしすぎる。

「もう少し女らしくすればいいのに」
「何を言うんだ君は」
「だってさ」
「いいんだよ、私はこれで」
そこでふみは嬉しそうに猫目気味の目を細めた。
こういう時だけ妙に可愛いと思う。

「私は紙魚だと言っただろうに」
「ただの虫じゃないか」
「本物は文字を食うのだよ」
「嘘ばっかり」

僕がため息をつくと、ふみはふふふ、と笑った。
その癖視線だけは畳の上の文字を追っているのを見て、確かに紙魚なのかもしれないと思った。





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