照らす先へと思想せよ///


「だから! 本当に見たんだって。きっとあの子だよ!」

 息を荒げて両手を天高く伸ばしながら叫びをあげたのは、とうぜん、調査兵団名物変人のハンジ分隊長だった。

 今回もまた、多大なる犠牲を払いながら壁外調査は幕を閉じた。

 被害数はあまり変化のないことである。外に出れば巨人に会わないことはないのだし、巨人に出逢えば戦わねばならない。戦うということは、すなわち犠牲がつきものなのである。
 いつもどおり悲壮感を漂わせながら調査兵団が帰ってきた後、隊舎の奥、窓が存在しない特殊な一室で幹部たちは集っていた。

 今回の調査にはそれなりの収穫がある。
 それは件の「巨大樹の魔物」についての報告と、紛失物の精査である。

「ミケ、」
「……確かに、匂いはあったように思う。」
「ふぅむ、なら本当に…」

 ハンジのいうことは当てにならないとばかりにリヴァイがミケを見、彼がそれに頷いた。エルヴィンもまた彼の嗅覚はかっているので、その返答に頷いてみせた。

「ひどいなもう!そんなに私の言うことには説得力がないかい?!」
「観察眼が冴えていることはわかっているけれど、目撃者が君だけでは仕方がないだろう」
「あぁー、まぁ、それもそうだよね… 次回の調査も同じ範囲に絞っていいよね?」
「そうだな… 発見された居住痕跡をもう少し調べる必要がある。もしも居住者が存在するとしたら、その人物が誰で、どういう生活をしていて、どのように巨人の驚異から逃れ続けているのか… もしかすると、我々にも吸収できる知恵があるかもしれないしな」
「そーうこなくっちゃ!」

 ぱちーんっ、とハンジが両手を打つ。
 エルヴィンが判明している事項の記入された地図をとんと指で指した。

「前回調査において取りこぼしておいた備品はどうなった?」
「見つからなかったが、無事回収できた」

 A、B、C、と記されているいくつかの丸にリヴァイたちが順に印をつけていく。取りこぼされた物品の場所を彼らは事細かに記していたのである。印の付けられた場所は取りこぼした備品が見当たらなかった場所で、代わりに彼らはそれを別のところで発見し回収していた。

 きゅう、と線を引く音が響く。地図上の線は全て、ひとつの印へと集約されていく。

「全て、あなぐらにあった。」

 とん、と指先がXと書かれた丸を叩いた。

「ハンジがみた少女が本物かどうかは分からないが… 恐らく窖の主はその人物と見て間違いないだろう」
「うん、わたしもそう思うよ。彼女の身長は…目測で160前半。ちょうどリヴァイくらいだし、あの窖が彼女の生活空間だとしたらサイズもちょうどいいはずだ。あとは憶測になってしまうけれど、備品を回収していたのは使えるものを利用するため、あとは、例の回収物品のことを考えると… 良心的な理由だと思いたいね」
「あぁ、…… そうであってほしいよ」

 しんと部屋が静まる。当面の方針は既に決まっているのだ。今回の会議の大半は、ただ、遠征における成果報告だけなのだからその要件は全て終わった。
 思い思いにハンジが見かけたという存在について思いを馳せているところで、ミケが思い出したように顔を上げる。

「そういえば」
「ん?」
「匂いの中に、薬のような匂いが混じっていた。あとは…そうだ、あれは…」

 薬?とハンジが首をひねる。ミケは顎に手を当てながらつい数時間前に感じた匂いの正体を探る。
 エルヴィンは考える。恐らくミケの嗅覚があれば周辺にその存在が現れた時にすぐに発見できるだろうと。次回の遠征まで、今しばらく時間を置く必要があるが、だが異例の速さで再び外へ赴くことになるだろうことを彼らは理解していた。

 はっとミケが目を見開く。

「獣…」

 ぼそりとつぶやかれた言葉にハンジが「え?」と問い直した。

「獣の匂いだ。嗅いだことのない獣の匂い… やけに希薄な匂いで、まるで体臭を消すことに気を使ってるかのような… だが、そうだ。あれは、肉食の獣の匂いだ」

 ミケの言葉だけが蝋燭に照らされる地図の上を静かに流れていくのだった。

mae  tugi
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